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2009-10-03

映画「ハゲタカ」感想(願望含有率高し)③ anchor

願望率が高いぼんやり感想、第3弾です。

ネタバレ全開です。
そして、例によって無駄に長く、特に目新しいことは書いてありません。

ネタバレOKで、物好きな方は続きをどうぞ。

映画における芝野の役割について、妄想大爆発で考えてみた。
芝野を制す者は鷲津を制す。(いや、私は制してないけど…sweat01

初めて映画「ハゲタカ」を観た時、正直なところ、私は芝野にあまり強い興味を持たなかった。
映画では鷲津と劉がメインだし、芝野は古谷社長のお守りで忙しくて、活躍の場面が少なかったから仕方ない…と言い訳しておこう。sweat02

鷲津を説得しに南の島に行った時の服装に???となった一瞬だけ鷲津よりも興味をひかれたが、ドラマを観ていない人間にはメガネ着脱も含め、ハゲタカ・ドレスコードが分かっていないのだから、当然だ。
もっとも、鷲津の出陣前の御支度シーンで、服装やメガネ着脱は、(端的な表現をすれば)ビジネスモードのon/offを視覚化する意味があるのか?と感じたので、芝野の服装にも意味があると、後に納得。
(メガネはビジネスモードon/offのみならず、鷲津の心理的武装度・防御度を示すアイテムであることは、ドラマを観てから分かった。)

次いで、気になったのは「鷲津はあんなに『日本には帰らない』と頑なに言っていたのに、芝野が鷲津にとって耳の痛い(らしい)ことを言ったくらいで帰国しちゃうなんて、どういう関係?」ということだった。
鑑賞後にパンフを買い求め、人物相関図を見たけれど「元上司と部下」とか「かつての盟友」といわれても、ピンとこない。
芝野は鷲津の命の恩人とか、弱みを握っているとか、生き別れの兄とか…と想像したが、ドラマを見てどれでもないことが判明。(笑)
ちょっとロマンティックな(?)表現をすれば、芝野は、天才ファンドマネージャー鷲津政彦と鷲津ファンドの父と言えるだろう。
(母は誰かというのは聞かないで下さい/笑)
そういう意味では、鷲津ファンの私にとって大恩人なんだ…と今、書きながら気づいた。
ありかけとう、柴野さんhappy01

さて、映画では一歩引いたポジションにいた芝野だが、もちろん鷲津や劉に匹敵する重要な役割がある。
深谷での鑑賞時は、今まで放置していた(恩人なのに、ひどい)芝野についても、考えながら観てみた。

鷲津と芝野は正反対なようでいて、似たところが幾つもある。
その一つが、とても頑ななところだ。
白州次郎が言うところの“principle”に則り、厳しく自分を律し続ける。
自分にも他人にも厳しく、人との境界線を決して超えず、超えさせない鷲津に対して、芝野は人当たりが柔らかく、他者に胸襟を開いて自分の気持ちを表すけれど、こと自分の理想や信念を貫くこととなると、強情で、こうと決めたら絶対に針路を曲げないし退かない。
二人とも、少し妥協できれば、もっと楽になれるのに…とため息が出てしまう。

芝野は自分の理想や信念に背き続けることができず、転進した。
その選択によって、更に苦悩し葛藤したけれど、結果、他者の痛みを理解できるようになったと思うし、それが芝野の懐を深く、間口を広くしたはずだ。
だから、鷲津とも素直に歩み寄り合えたのだろう。
痛みや苦しみを一歩ずつ超えていく強さが芝野にはあって、乗り越えるたびに強くなっている。
映画では、更に安定してブレない人になっている。

芝野はいつも深刻そうだし苦しそうだ。
古谷社長に視線を送るとき、いつも「社長、そっちじゃありませんよ。」とでも言いたげな心配そうな表情で、瞳に憂いを刷いている。
古谷に自分のアカマに対する思いや、経済だけでなく社会全体が沈み続ける今の時代における経営者の考え方について熱く語るシーンは特に印象的だった。
TVスポットでも、あのシーンが最もインパクトがあって、実は、映画を観るまでは、柴田恭兵さんが主演なんだっけ?と誤解していたくらいだ。(南朋さんファンの方、すみません。)
アカマを守りたいという気持ちは同じはずなのに、大きく離れてしまった芝野と古谷社長。
同じ船に乗っていても、別の方向を見ているのだろう。
それでも、芝野は一度乗った船だから、というだけでなく、自分を励ましてくれたアカマの車への想いがあるから、沈みかけた船を自ら降りることはない。
更には、せっかく鷲津を口説き落として(!)ホワイトナイトになるのを引き受けさせたものの、相変わらず最小限の発信しかして来ないから、信頼してはいても、正直ヤキモキするだろう。(慣れているだろうけれど)
辛いなぁ…ストレス特盛だ。
だが、芝野は相当にタフな男だ。
鷲津より格段に強靭な精神力の持ち主だと思う。
いつだって前向きで、全力で、理想を追求している。
信念を貫くためには、どれだけ叩かれても非難されても決してくじけない。
倒れそうになっても、決してあきらめず脚を動かし続けて、ゴールを目指す。

劉の不条理な死の後、彼の渾身のアカマ再建計画書を受け取った鷲津は、それを芝野に託す。
「あいつはあなたですよ。」と。
劉と同じく、アカマに夢と希望を与えられ、それを原動力に生き残ってきた芝野。
そして、どんな苦境も、乗り越える理想と信念とバイタリティある、強い芝野。
そういう彼だから、鷲津は劉の希望が詰まったアカマ再建計画書を託したのだ。
劉と同じ気持ちのある芝野ならば、劉の夢と希望を受け取り、実現することができると信じているから。
劉の残した再生計画は、図らずも彼の遺言になってしまったけれど、それを芝野に託し、自分は劉と同じファンドマネージャーとして、彼が残した想いを引き取って進む…鷲津はそうしたいのだろうと、私は思う。
ならば、劉の死は決して無駄にならない。
彼がアカマに与えられた夢と希望は、芝野を通して再びアカマに還り、アカマで働く人々に新たな夢と希望を与える再生の種となり、やがてまた、アカマの車に乗りたいと憧れる人々の心に夢と希望として花開き結実する日が来るだろうから。

こうして、劉から、鷲津経由で最終走者・芝野にバトンが渡った。
鷲津は劉が送ってきた計画書をじっくり読んだ後、すぐに芝野に託すことを決めていたというのが、私の願望(笑)。
ドラマでも、芝野はリレーのアンカー役だった。
あけぼの光学の初代社長に就任して、重いバトンを受け取った。
そして、今度も。
「ほぼ不可能に近い。それだけにやりがいがある。」
「まだまだ日本は捨てたもんじゃない」
と笑顔を浮かべて…。
こういう人だから、鷲津はいつも芝野をアンカーに選ぶのだ。

鷲津を再び闘いの場に引っ張り出した芝野が、アンカー。
やはり大事な役回りですよ、柴野さん。

アンカー(anchor)には、最終走者という意味と碇という意味がある。
芝野は、再生させる企業の碇となって、荒波に流されないように守り、痛んだ組織を、そして日本を内側から生まれ変わらせていこうとする人だ。
そして、鷲津は外から手を入れて外科的処置を施していこうとする人。
それが鷲津の仕事なのだから。

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芝野を通して鷲津を考えるつもりが、何故か芝野を熱く語ってしまいました。

鷲津の芝野センパイ愛(?)が乗り移った?
さて、次回は最終回、妄想大暴走、鷲津の明日はどっちだ?編

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