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2010-01-30

映画『メゾン・ド・ヒミコ』DVD鑑賞

いよいよ明日(1月31日)、『龍馬伝』に吉田東洋として田中泯さんがご登場!というタイミングで観なくでも良かろう…という作品を観てしまった。
いや、良作だと思うので、いつでも観たい時に観れば良いのだが、この作品での田中泯さん演じる役のインパクトの強さたるや、ドラマ『ハゲタカ』の加藤さんを凌ぐかもしれないので、ヘタをすると吉田東洋が掻き消えてしまうかもしれない、という危険性を冒して観てしまったのだ。
田中泯さん、という優れた表現者の側面の一つを改めて確認したかったから。

Himiko

 『メゾン・ド・ヒミコ』

【概要】
 監督 犬童一心/脚本 渡辺あや
 出演 オダギリジョー、柴崎コウ、田中泯

【あらすじ】
ゲイである父親(田中泯)を嫌い、その存在を否定して生きてきた沙織(柴崎コウ)は、春彦(オダギリジョー)という若い男から父がガンで余命いくばくもないことを知らされる。春彦は父が営むゲイのための老人ホームで働く、父親の恋人だった。
 シネマトゥデイ より)

この先は、いつもどおりのぼんやり&ゆるい感想です。
ゆるいながらもネタバレを含んでいますので、問題無い方で、ヘボな感想を読んでやってもいいという奇特な方は、先にお進み下さいませ。

私は、3~4年くらい前に、一度この作品をDVDで観ている。
『ハゲタカ』に出会う前のことだった。
今年の6月に映画→ドラマで『ハゲタカ』を観て、ドラマの加藤さんを見ても、すぐには『メゾン・ド・ヒミコ』のヒミコだとは気がつかなかった。
伝説のゲイバーの元カリスマ・ママと、寡黙な超熟練工という違いだけでなく、とにかく全てが違う。
共通しているのは、誇り高き孤高の魂の持ち主であることだけ。
泯さんの喋り方などは、大きく違わず、淡々と演じておられると思うのだが、細胞レベルで違うんじゃないのか、と思うほどだ。

ちょっと不思議な作品。
海辺の瀟洒な洋館。
そこで思い思いに老後を過ごすゲイたち。
現実離れしてファンタジックなところと、現実に容赦なく起きる老いや病や偏見などのシビアな問題とを描いているところの両面がある。
そして、パステルカラーのシルクのストールみたいに、全体に優しく艶やかで、ふんわりした風合いなのは、細野晴臣のデリケートな音楽の力も大きいと思う。

初見時はドラマ『ハゲタカ』を観る前だったから泯さんに思いいれが無かったけれど、『ハゲタカ』のファンとなった今回は、泯さんの登場シーンをドキドキしながら待った。

小さな塗装会社の事務員として働くヒロイン・沙織を柴崎コウがノーメイクで演じている。
母と自分を捨ててゲイバーのママしての後半生を選択した父を憎み続け、母を病で亡くし、入院費と治療費のためにした借金を背負っているという辛い境遇。
借金返済のために、仕事中に求人誌をこっそり見たりしているが、無愛想ながらも、しっかりもので会社では頼りにされている。
ある日、春彦という若く美しい男が現れ、沙織の父が末期癌で余命わずかであることを知らせ、父が営むゲイの老人ホームで父と会って欲しいという。
拒絶する沙織に、春彦はホームの雑用アルバイトに日曜日だけ来てくれれば、一日3万円支払うという条件を提示し、更にはヒミコの遺産のことも匂わせて誘う。
ここから、話が始まる。

結局、金を目的に、ホームを訪れた沙織は、父と再会することになる。
父は銀座の伝説のゲイバー「卑弥呼」の2代目ママとして名を馳せた後、海辺の洋館ホテルを買い取り、そこでゲイのための老人ホームを営み、自らもそこで暮らしている。

沙織が通されたヒミコの居室は、気品があって優雅な設え。
部屋に存在する全てのものがヒミコの美意識に叶ったものばかりなのだろう。

沙織の目の前に現れたヒミコの立ち姿の凛とした美しさに圧倒された。
田中泯さんは舞踊家でもあるので、すっきりと背筋が伸びて全身に神経が行き届いた立ち居振る舞いが、とても力強く美しい。
静かな動きと語り口の中にも、毅然とした気品と矜持が鮮明に現れていて、卑弥呼という女王の名に相応しい。
少しずつ病み衰え、日に日に死に近づいていきながら、ヒミコは、決して取り乱さず、娘に赦しを希うことも言い訳もせず、若い恋人に泣いて縋ることもしない。
自らの美意識を曲げることなく、ひたすらに気高く美しく自分らしくあり続ける。
自分は、こんなふうに、自らの終幕を待つ事ができるだろうか?
自問してみたが、答えは否。

そんなヒミコに尽くしながら、愛する人が日々、死に近づいていくのを傍らで見守るしかできない焦燥や痛みを抱え切れなさそうになっている春彦をオダギリジョーか、フェロモン垂れ流し(笑)で、繊細でありながら野性味も感じさせて演じている。

もう一人の主役、柴咲コウは、役に入っていない時から発散している、いつも自分をもて余しているような風情が、この役にピッタリとはまっている。
そして、ちよっと際どいシーンもあるけれどいやらしくないのは、彼女の、美人だけれど生々しい色気が無い中性的なところに拠るところが大きく、この作品の世界観と役柄にとても合っている。

個性的で濃いゲイの面々や強烈なヒミコの存在感に負けない若い主役の2人も、お見事だった。

穏やかな海を前にして、楽しく気ままに老後を暮らしているように見えるゲイたちも、不安に苛まれ、偏見や孤独と闘っていることを次第に感じ取り、沙織は彼らとの距離を縮めていく。
春彦も、沙織も、そしてホームに集う老ゲイたちも、孤独な魂を抱えている。
最初はぎくしゃくしながら、互いに少しずつ近づいていくけれど、決して超えられない壁がある。
その壁をムリに越えようとするよりも、壁が存在していることを互いに認識して、壁越しに響きあうところを感じ取り、互いを尊重しあうことのほうが、人と人の間には隔たりなんて無い…という幻想を抱いて、つながろうとするりも、もしかしたら、深いところで結びつけるのではないか。
ヒミコと沙織の母の離婚後の関係や、沙織と春彦やホームのゲイたち、そして勿論、沙織と父・ヒミコとの関係の変化を見ていて、そんなふうに考えた。

ヒミコが沙織に「あなたが好きよ。」とだけ語るシーンは圧巻。
ヒミコの表情と声音、それだけで、彼の積年の、そして沙織と再会して変化もしたであろう想いが強く響いて、不覚にも涙が一筋、流れてしまった。

最後まで、気高く、強く、美しかったヒミコ。
彼とて、かつては、欲望や嫉妬などでギラギラしていた時もあっただろう。
だが、全てを失おうとしていることと向き合い、受け入れていくうちに、浄化され純化していったのたもしれない。
とすれば、ヒミコは最期に女神となったのだろう。
その女神が、一度は離れてしまいそうになった者たちを、再び寄り添わせ、希望を芽吹かせる。
偏見や老いや死というシビアなテーマを、ファンタジーの中に埋め込んだだけではない作品だと感じるのは、泯さん演じるヒミコが強く美しい根幹となって、この優しい作品世界を支えているからだと思える。

やはり、泯さんは凄い表現者だと、改めて感じた。
どんな吉田東洋になるのか、そして半平太とどう対峙していくのか、楽しみだ。

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