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2010-02-15

先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし~『龍馬伝』第7回「遥かなるヌーヨーカ」

無意味に長くなるので、いい加減、『龍馬伝』雑感シリーズのこの記事タイトルの付け方を止めようと思っているのだが、なーんとなく続いてしまった。
これは、実は自分用なのである。
観終わって、最初に自分の頭に浮かんだフレーズを、そのままメモみたいに、ブログの記事タイトル部にとりあえず書き込んでおいて、後でボチボチと細切れに雑感を書くのだ。
そのうち、さりげなく止めたいが、きっかけが無いな。(笑)
誰も気にしていないだろうが…。


さて、本題。

ということで、今回は3人の個性的な「センセイ」が登場。
三者三様、貴女は、どのセンセイの弟子になりたいだろうか?
私?
それはヒミツheart01 (←キモイ)


goodひとつの終わり、そして始まりの予感

まずは、初登場の河田小龍(リリー・フランキー)先生。
今回は、龍馬tが土佐に帰って来て、めまぐるしい様々な変化に驚きつつ、自分の夢のアウトラインを描こうとする…というエピソードだったはずなのだが、私としては、河田小龍と坂本八平(児玉清)の二人の印象が深すぎて、龍馬は後まわし(いつもか?)な感じになってしまった。
演じるお二人の醸しだす空気、無言での目の演技、それを生み出し引き出す脚本と演出…全て良く循環しているように感じた。
特に、リリーさんの俳優としてのお仕事を拝見するのは初めてだったのだけれど、ご本人と小龍先生の両方の、良い意味でのゆるさ自由さ懐の深さが合体して、いい人物像になっていた。

河田小龍という御仁。
飄々として人を喰ったような態度。
土佐随一の知識人で、アーティストとしてもエッジーな人なのに、表面は尖ったところ皆無。
感じるままに、心が求めるままに行動する、風のような人。
龍馬の柔軟性や独創的な考え方に魅力を感じ、「こいつ、面白そう♪」なんて感じて、すぐに訪ねていっちゃう。
そして、坂本家の風通しの良さ、ほっこりした暖かさを感じ取り、馴染んで泊り込んじゃう。
春猪ちゃん(今回は出番多しnote)と、すぐに仲良くなるところなんか、やっぱり子供心、遊び心がたっぷりあって、自由人だからなんだろうな。
だけど、ちゃんと時代の流れとか空気が見えて、好奇心旺盛なだけでなく、新しい知識や情報を自分の中に自分の言語で落としこむこともできるから、世の中やその中の自分を俯瞰で見ることができるオトナな人でもある。
面白い人、規格外の人だ。
だから、規格外の龍馬に何かを感じたのだろう。

なるほど、小龍だけに
 “Don't  think. Feel.
   な御仁なのだね。(違うか?)


さて、今週の名シーンは

小龍 「きっと大きい花を咲かせるぜよ、龍馬は。」
八平 「その花が、見たかったのう…。」


小龍が、病床の八平と、互いに問わず語りのように静かに語らう中で、八平を中心とした坂本家が優しくて伸びやかな龍馬の土台を作り、だから龍馬には大きな伸び代があるのだと、言葉に表すところが、良かった。

そして、八平さん存命の最後の姿。
青空の下、大海を前に、でっかい夢を語る龍馬を、八平パパをはじめとする坂本一家がにこやかに見守るシーンは、坂本家の家風そのものだった。
龍馬が語っていることは、当時の世の中では、恐らく「困ったチャン」な考えではないかと想像できる。
だが、皆が、一家揃っての外出は最後だと知っていて、何も言わず、ただ優しく万感迫る顔で龍馬の夢に耳を傾ける。
その中心で、八平パパは、慈愛の篭った眼差しで、名残惜しむように龍馬を見つめ、大切な家族と末っ子龍馬に囲まれて、寂しそうな、でも覚悟のできたような表情を浮かべる。
それが最後の姿として描かれていたのも、とても素敵だった。
児玉清さん、素敵な八平パパでした。
そして、小龍が黙々と描いていた昇り龍の絵でラスト、というのもいい感じだった。
小龍は、龍馬に何かを説くことはせず、ただ、その絵で何かを伝えたのかもしれない。
あのラストカットで、ひとつの終わりは、ひとつの始まり、と思えた。

goodナイスな師弟と猫がいっぱい

小龍先生と弟子の長次郎(大泉洋)のコンビネーションがナイスhappy02
師匠は、押し寄せた聴講生(?)を前に、いきなり大声で「ヌーヨーカ!」と叫び、世界の大きさと日本と土佐がこんまいこと、グレイトなアメリカを語って、冷やかしの攘夷の武士たちを追い払い、残った者たちにも、鼻をほじりながら「おまえ失格~」ですよ。
そして、師匠がコレなら、弟子は、怒り心頭で席を蹴って帰っていく客たちに「弟子辞めろ。」と言われても平然と、
「お忘れ物のないよう。」ですよ。
最高。良いなぁ。


で、この屋敷に、いったい何匹いるのか不明なほどの猫cat
小龍先生の自由気ままな精神の象徴?
猫大好きな俳優さんたちは、カットのたびに猫と遊びたくてしようがなかったかも。
あ、でも猫もプロの役者だろうから、きっと気を散らさないためにも、構っちゃいけないんだろうね。
猫好きさんは、猫を構いたい衝動を抑えるのが大変で、イライラしたかも。
あーー。
だから、武市先生はご機嫌悪かった?(たぶん違う。)



gawk怒りんぼうと卑しんぼう

武市先生。
あの和気藹々とした武市道場はいずこ。
殺伐、ピリピリした道場で端座している武市「センセイ」の目に映っているものは、もう自分が信じている枠の中の世界だけなのだろう。
そんな目になっちょる。
それに、あんなに短気になっちゃって。
侍たるもの、感情を露にしてはいかんぜよ、ではないのか?
富さま、小魚をたんと摂らせてさしあげてください。
婆は心配ですじゃ。(←どこの言葉?)
小龍の話を最後まで聞いているので、少しは目が開いたかと思ったら、そうでもなかったし。
どんどん、アイタタタタなセンセイになっちょる。
やはり、江戸に出て、他藩の志士たちと交流してからが、真の黒い半平太の伸びる時なのだろう。
と、期待したい。
…ますます武市先生に心酔している以蔵も更に痛々しい。


武市先生を自在に怒らせる達人、岩崎ゼンセイは、大勘違い大会で、バッタリ倒れこんだ目の前に鶏が。
小龍邸の猫といい、動物の使い方が上手い演出。
そういえば、第1回のカエル(ちび龍馬が手討ちになりかけた原因)なんかも絶妙だった。

加尾に振られた元凶の龍馬が相変わらずのKYで(事情を知らないから当然だが)、へらへらついてきたりしたから、岩崎センセイの虫の居所が悪かったらしく、時代錯誤な武市センセイを刺激しまくるときの顔の憎ったらしいこと。(半平太贔屓のフィルターがかかっているので…笑)
そして、小龍に金儲けの方法を教えろ、と言うときの、卑しいと言ってもt過言でないほど悪い顔。
さすが、香川弥太郎。
この、河田邸での3ショットが、全回を通しての唯一の3ショットだそうで、三人それぞれの考え方を分かり易く比較しているシーンでもあるのだが…。
せっかくの三人の顔合わせなのに、ちっくと寂しかった。
半平太の子供みたいなキレ方、もう何か悪いものを食べたとしか思えなかった。(涙)

一方、岩崎先生は、江戸に旅立つ時も、いろいろとオチがついて、とにかく騒がしい一家だが、この家族だって、愛情は坂本家と変わらない。
貧困にあえいでいるけけれど、不思議と「金の無い悲劇」って感じの悲壮感はなくて、たくましく明るい家族で、ホッとする。
特に母の明るい笑顔。倍賞美津子さんの強い笑顔は絶品だ。
で、次回はまた弥太郎が主人公らしい。
やっぱり、土佐では「弥太郎伝」?

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コメント

こんばんはぁ★
お邪魔します(*^_^*)

美冬さんの感想はいつもかゆい所に手が届くような感じで、拝読していていつもすっきりします。
自分では書ききれないところもきちんと文章にされているところがたまりません(笑)

>武市先生を自在に怒らせる達人、岩崎ゼンセイは・・・
いや~、ほんとにそうですよね!上手い!
でも、武市先生はあんなに簡単に乗っちゃダメですよねぇ。。。

>三者三様、貴女は、どのセンセイの弟子になりたいだろうか?

う~ん、小龍センセがいいけど、ちょっと「しっか~く」とか言われそうなので、褒め上手(と噂の)吉田松陰先生がいいな~。(今の半平太は嫌だ・・・)


nanakoさん

いらっしゃいませ♪
お越しいただけて嬉しいですwink

>>褒め上手(と噂の)吉田松陰先生がいいな~。(今の半平太は嫌だ・・・)

生瀬ver.の松陰先生ですか?
熱そうですね。ちょっと体育会系も入ってますね。(笑)
最初の頃の武市先生だったら、家庭教師で一対一で教えていただきたいですわ。
いや、勉強に身が入らないか。


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