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2010-05-10

『龍馬伝』第19回「攘夷決行」~桜の花と侍の背中

花の命は短い。
咲き誇った攘夷の花は、散るばかりで結実することは無いのか。
武市半平太と、彼が率いる土佐勤皇党は、落花となるだけの運命なのか。

実は、武市半平太に集中しすぎてしまい、他の人物については茫洋としか記憶がない。
確認のために部分的に再視聴したい時以外、滅多に複数回を見ることをしない雑な『龍馬伝』視聴者(だから雑感と言っている)なのだが、先ほど、武市と龍馬が京都の藩邸で語り合シーンのみ、もう一度冷静に観てみようとしたら、鼻の奥がツーンとして、涙が一粒ポローリ。
これじゃダメじゃん。(笑)
開き直って、いつもどおり1回視聴の記憶だけで雑感を書いた。
半平太のこと以外は、殆ど書けてないうえに、いつもどおり、異常に長いのだが、もう1回観て、文章を整理する時間も元気もないので、このままアップぜよ。
まずは、小ネタから。


eye また“Buy Japan out !”か?

『ハゲタカ』ファンお待ちかね(?)のクラリスがアメリカ公使になって幕末日本を買い叩きにやって来ましたよ。(大違)
オープニングで出演者に「イアン・ムーア」と出たときには、思わず「おおー」とうなってしまった。
昨年の『外事警察』ではCIAの極東担当責任者コンラッドとして日本で暗躍していたし、日本から旨い汁を吸おうとするメリケン人役が多いかも。
イアン・ムーアさんは、『ハゲタカ』では大友さん、『外事警察』では梶原さんとお仕事されているし、『篤姫』にも出演されたりで、NHKで重用されているので、いずれ『龍馬伝』にご出演されるだろうと思っていた。
イギリスの方だし、グラバー役かも?なんて予想していたが、ハズレ…。
そういえば、長崎編では、村松官房長官(余貴美子さん)と有馬局長(石橋凌さん)の『外事警察』の腹黒いカップル(大違)も登場予定。楽しみだ。
『ハゲタカ』人事に続いて、『外事警察』人事が行われているということは、演出陣の中で梶原さんの発言力が大友さんに次いで強いのかしらん?それはナイスだ、とか邪推してしまう。
いや、そういうことを考えて観るのは邪道です。
邪道だけど、勝手に邪推するのは楽しいよね。(笑)


eye 眉無し慶喜公が爆裂

前回までは、なんだか「その他大勢」ぽかった一橋サマが、今回は、キャラ大爆裂ですよ。
タナテツ、張り切ってるなあ。(笑)
しかし、慶喜公だって、モッくんが演じて大河のカッコイイ主役だったこともあるというのに(あまり観てなかったけど)、今回は、ヴィジュアルと性格が、あんなですけど。
諸方面からのクレーム対策は大丈夫なのか?
幕府の、腐っても徳川(笑)というか、腹黒くて強かなんだけど、もはや長期展望が利かなくなっている体質を擬人化したキャラってこと?
ま、タナテツの出番は大政奉還まで、まだまだありそうじゃのう。


cherryblossom 桜と武市半平太の美学

さて、ここから本題。
さすがに梶原さんだ。
大きく動き始めたのに、脚本上、これまでの伏線や積み重ねが足りないがため、薄くなってしまったり、唐突な感じが強くなりそうなエピソードを、なんとか堅くまとめてくれた。
それにしても、今回の演出担当が梶原さんで本当に良かった。
もしも、ドSな渡辺さんが担当だったら、私のように武市半平太に心を寄せて観ている人間は、目を覆ったり七転八倒したりする惨劇が展開されていた可能性が高いセリフが満載の脚本だったと思うからだ。
試しに、終盤の半平太と龍馬の二人の対話シーンを、渡辺Dが、セリフはそのままで演出したと想像してみてくださいな。
……友を思い必死に忠告する龍馬と対比して龍馬をupするために、現実を直視できず主君を妄信し続ける愚かな小さい男・半平太がヒステリックに叫んだりしてdown…なシーンが展開されていたかもしれない。恐ろしや…。
それが、梶原さんの演出のおかげで、半平太と龍馬の間に流れる二人だけの空気、2人の心情が、ちゃんと描かれた和解と別れの場面になっていた。

龍馬に匿われていた以蔵と収二郎と再会して、二人を叱責する場面も同様。
梶原演出だから、あの場の四人それぞれの苦悩に満ちたデリケートに動いていく表情を生かして、息苦しくやり切れない想いが充満する場面になっていた。
武市は、リーダーとしての落胆と2人への怒りを吐き出した後、なんだか迷子になった我が子を迷子センターに迎えに来たお母さんが心配のあまり怒っているような表情も垣間見せていた。
いや、さすがに深読みだろうけど(笑)、深読みできるくらいに、それぞれの気持ちの陰影が見えるようになっていたと思うのだ。
そして、龍馬の言葉に対して、「そんなこと、言われなくても分かってる!」とばかりに怒って去るけれど、あれは2人の弟子の気持ちを汲めなかった自分への怒りも、攘夷実行が危ういと疑ってしまっている自分への叱責でもあったと思わせる、半平太の複雑な思いを浮かび上がらせていた。
脚本に書かれた台詞を、表面的になぞらせるような演出だったら、それこそ、半平太が狭量で身勝手な悪人に貶められてしまうセリフがオンパレードだった。
それを、梶原さんの演出が、補正してくれていたのだ。


編集で救ったのかも?と思われる場面もある。
いつの間にか戻ってきていた弟子たち(いったいどこへ消えていたのか。容堂の作戦で大規模な合コンでも開かれていたのか?)から、収二郎の裏切りを聞かされて、前回同様武市先生が寄り目で意識朦朧としてしまったときには、「梶原さんまでも…」と一瞬がく然とした。
しかし、武市の(設定上では)幕末の大物志士らしからぬ恥ずかしいシーンをわざわざ2回続けてやるということは、脚本家から、かなり細かく、かつマストの描写として指定が来ていたシーンだったのだろう。
まあ、前回の回廊でぶっ倒れた時と違って、2度目の謁見時に大殿様の真意は自分の望む方向にないことを感知してしまって辛い思いをしているところに、燃える男・久坂に容堂の動静iについて突っ込まれて焦ったりしている最中に、腹心の弟子に離反されたショックから気が遠くなってしまったのだろうとわかる場面ではあったが。
この『龍馬伝』脚本の武市半平太は、ストレス耐性が弱すぎるので、婆は心配が絶えない。
まあ、それだけ容堂の陰険な心理作戦が、じわじわ確実に武市の心身を痛めつけているということを示したかったのだろう。
ラスボス、恐るべし…ということだ。

そして、この半平太がフラフラになる場面と交互に、高知城で呵呵大笑する容堂の絵をカットバックし、弥太郎が容堂の本質を語るナレーションをかぶせるシーンは、ベタだけど、良かったと思う。
あのナレーションは、桜田門外の変以降、半平太ら攘夷派の勢いに乗っかって、単なる隠居ではなくなり藩政への影響力を復活させたという史実の容堂の動きをすっ飛ばして(フィクションありのドラマだから別に良いが)、それを補う描写なり説明なりが、今までなかったので、突如として大殿様が猛威を振るい始めたように見える唐突感を埋めようという、苦肉の策かもしれない。
しかし、派手なお召し物の大殿様が、舞い散る桜の花びら(武市たちか?)を杯に受けて、上機嫌で飲み干す絵と、フラフラになっている半平太の絵と、ナレーションとの相乗効果が高く、印象深いシーンた。


第17回は、梶原さんの『龍馬伝』初演出回だったので、脚本に頭を抱えながら、現場では様子を見ながら動いておられたのではないかと思うのだが、それでもあれだけバランスと流れの良い納得感の高い仕上がりになっていた。
そして、今回は、バランス良くまとめる、という所から一歩出たように感じた。
上述の半平太と龍馬の長いツーショットシーンを観ての感想だが、(私の勝手な想像では)梶原さんは、大森半平太が好き(登場人物としてですよ!/笑)なので、ちゃんと半平太の核である「侍」としての信念と美学を描きたい!という意思を持ってこの回を演出されたことを感じられた。
あくまでも偏った私見と願望ですけどね。
そもそも、ここには偏った私見と願望しか書いてないんだけどsweat01

京の都を彩る桜の美しさが、哀しく切なくもあった。
盛りをわずかに過ぎて、舞い散る桜の儚さと潔さ。
武市半平太の運命を表しているのかもしれない。
大友さん担当の「ふたりの京」での紅葉と同様に、ベタだけど、美しく切ない情景描写が効いていた。
春らしい鳥の声も、いいタイミングで入るし。
藩邸の大広間に差し込む柔らかい陽光と、その光が生み出す影。
その中で、2人きりで語らう武市と龍馬。
相変わらず、美術さんも音効さんも照明さんも、 good job ですよ。
この素晴らしい背景と、大森南朋さんの微妙な表情や声音の変化が相まって、武市の、侍としての矜持と美学、己が散っても筋を通す覚悟が、言外から伝わってきた。

理想を追って、ひたむきに真っ直ぐ走ってきた武市は攘夷のために黒くなり血で汚れても、結局、朝廷や幕府や容堂らに夢を見させられて、権力者や政治の世界に生きてきた者達のしたたかさや腹黒さに敵わなかった。
と、言ってしまえば、簡単だ。
が、半平太は、理想家であるというよりは、まず立派な侍であること、という価値感が土台になっている人で、だから主君に忠義を尽くすことを何よりも重んじ、主君を疑うことは自らが拠って立つところを否定することになるわけだ。
だから、土佐藩士であることから逃れるつもりもない。
5月10日前後の半平太は、龍馬に意見されずとも、容堂が自分の思い描いてきたような人物でないことも感じているし、幕府が姑息な手を使って帝との攘夷決行の約束を不履行したことからも、時勢が攘夷派の手中から逃げたことも分っているはずだ。
でも、やっぱり信じたい。
自分のためにも、自分を信じてついてきた弟子達のためにも。
そして、リーダーとしての責任をとり、侍として潔い生き様を示すためにも、土佐に戻らなくてはならない。
たぶん、半平太は自分の未来を予感している。
収二郎が陥れられたことを知ったときに、暗澹たる未来を受け容れる覚悟が出来たのだろう。
あるいは、攘夷のために鬼になり、以蔵を初めとする弟子達の手を血で汚したことで自分も血にまみれた時に、事が起きれば、土佐勤皇党の首領として、全てを引き受ける覚悟は出来ていたのかもしれない。

だからこそ、幼馴染としての龍馬に、収二郎と以蔵への率直な謝罪の言葉を伝えるのだけれど、決して自分の敗北を認めたり弱音を吐いて助けを求めたりしない。
そして、土佐に戻って事態を好転させることが出来ると信じていると龍馬に諭すように語るのだ。
もう自分は引き返せない。
弱い姿は見せられない。
誰にも。
龍馬は、武市の覚悟をひしひしと感じ取ってしまって、必死で説得して涙と鼻水が大洪水だ。
福山さんも、渾身の熱演で南朋さんに応えていた。

この二人のシーン、長かったけれど、本当に良かった。
武市が桜がひらひらと散る中を、颯爽と足早に去っていく後姿を見送りながら、龍馬の心境に同調してしまい、不覚にもウルウルしてしまった。
ああ、やっぱり大森半平太は目だけでなく、背中で語るシーンが良い。

あー、今からこんなじゃ、第2部最終回はどうなるんだ>自分
婆は孫の最期をちゃんと見られるのだろうか。

それより、第2部最終回までに、何回ドSなDの担当があるのか?
そっちのほうが心配ぜよ。

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コメント

こんばんはぁ!今頃すみません、おじゃまします。
毎度、読みごたえのある感想をありがとうございます。

>邪道だけど、勝手に邪推するのは楽しいよね。(笑)

ハゲしく賛成です!ハゲタカ以来ど~いても思考回路が自由になり過ぎるきらいがあるのですが、敵も狙ってる感じがしなくもなかったりで、脳内ゲーム炸裂ですよね(笑)

半平太のバックの散っていく桜。あれはメタファーなので季節感を持ち出して突っ込んだりしないのが、オトナのドラマ愛好家(あれ?いつからそんな肩書に・・・)ですよねぇ~(笑)
半平太のサムライとしての美学をきちんと、あの脚本を乗り越えて私たちに見せてくれた梶原さん、今回もわんだほーでしたね!

それにしても、美冬さんったらせっかく梶原さんなのにこれが渡辺Dだったら・・・と恐ろしい妄想を繰り広げ、怒りを再燃させていらっしゃるあたり、余程恨みが深いのかと。って、もちろん、私も返してほしいくらいですよ、彼の担当回は!誰にどう返すって、演出を大友さんか梶原さんにして私たちに見せてくれるってことです。(←末期的な願望)


 

>nanakoさん

いらっしゃいませ~
コメントありがとうございます。

いやー梶原さんの演出により、あの脚本でも半平太の侍としての生き方が描かれたので、過呼吸シーンも、なんとか乗り越えられました。(笑)


>>美冬さんったらせっかく梶原さんなのにこれが渡辺Dだったら・・・と恐ろしい妄想を繰り広げ


孫のことになると、過剰反応していまうんですね。お恥ずかしい。
それとも、これは渡辺マジック?(汗)


>>演出を大友さんか梶原さんにして私たちに見せてくれるってことです


本当に、それができたら、あの悪夢を消去できるのにぃ…。
せめて、『外事警察」みたいに、リミックス版を制作して欲しいです。
『半平太伝~スペシャルリミックス』ということで、半平太のイケてるシーンだけ、つないでいただいて、支離滅裂なヒトになってしまったり、分裂したり……は、無かったことにしたい!(現実逃避)

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