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2010-08-06

『オルセー美術館展 2010 ポスト印象派』@国立新美術館

なかなか記事にできないまま、鑑賞してから時間が経ってしまったが、おでかけの記録(?)として、アップしておく。

『オルセー美術館展2010 ポスト印象派』

会期
2010年5月26日(水)~8月16日(月)
毎週火曜日休館

開館時間
10:00から18:00まで
 ※金曜日は20:00まで。入場は閉館の30分前まで

会場
国立新美術館 企画展示室2E(東京・六本木)

展覧会公式HP⇒ http://orsay.exhn.jp/


出かけたのは 7月下旬の平日。
少し前、土曜日に出かけた同僚から「おっそろしく混んでいた」との情報を得ていたので、平日に休みをとって出かけた。
上司が海外旅行のため長い休みをとった後だったので、大手を振ってお休み。(笑)
東京メトロ乃木坂駅の改札を抜けると、美術館に通じる通路やエスカレーターには、中高年女性がぞろぞろ。
展覧会に限らず、どこに出かけても中高年女性が多い。
(自分も立派に高年齢だが。)
美術館入口の傘立てには、ずらーっと日傘が差してあり、館内に女性パワーがみなぎっていることを予感させる…。


美術館に入ってみると、意外と混んでいないように見えた。
ロッカーも洗面所も空いている。
ああ良かった、平日の朝に来て正解ねhappy01と思っていられたのは、展示室に入る直前までのことであった。
やはり、中は相当に混み合っていた。
それだけでなく、私は忘れていたのだ。
既に、“小さいお友達”が夏休みであるということを…bearing
このへんのことは、最後に触れる。


まずは、作品の感想。
…と行きたいが、なにしろ名作が大盤振る舞いで、「わー」とか「ひゃー」とか(心の中で)言っているうちに終わってしまった。
私のように美術に関する知識も浅薄で、語る言葉の種類が少ない人間には、うまく感想を表せない。

特に印象深かった展示や作品についてだけ簡単に書いておく。


[第5章 ゴッホとゴーギャン]は、濃密というか、降参ですというか…、なコーナーだった。
美術鑑賞永遠の初心者である私にとって、彼ら二人のイメージというと、情念とか、激情とか、俺イズムとか、エキセントリックで破滅型…といった感じ。
絵が強すぎるものだから、混雑している絵の前で小突きまわされたり蹴られたりして心身弱って鑑賞していると、キャンバス越しにゴッホやゴーギャンからもドツかれているような錯覚すらおぼえた。(なんという妄想…笑)

そんな中、ホッとできたのがゴッホの『星降る夜』だ。
アルルのローヌ河畔の夜景を描いた作品だ。
川面に映る街の明かりと、広い空に輝く満天の星。
手に取れるほど大きな星を見上げる幸せそうなカップル。
ゴッホにはめずらしく、静かで優しい空気の中にある作品で、見ていると自分も優しく明るい気持ちになっていく。
これを描いていた時のゴッホの精神状態が、静かで優しく明るいものだったのだろう。
彼の感情が、時空を超えて作品を前にした人々に伝播しているのだろうか。
この作品を描いて2年ほどで、彼が命を絶つことを思うと、切なくなる。

[第8章 内面への眼差し]では、特にギュスターヴ・モロー作「オルフェウス」が衝撃的と言っても良いくらいに印象深かった。
吟遊詩人オルフェウスの生首と竪琴を抱きかかえて、陶然としている美しい乙女。
乙女の髪や衣装、そして肌がとても美しい。
ショッキングな場面が、なめらかで優美なタッチで描かれていて、なんとも不思議な印象を受けた。
生首(と書くと怖い…)のはずのオルフェウスの表情が安らかなのも不思議。
優美で恐ろしくて不思議で。
人の心を惹きつける要素が揃っている。

そして、展覧会の目玉の一つ、[第9章 アンリ・ルソー]の「蛇使いの女」。
あんなに大きな作品とは思わなかった。(169×189.5cm)
大きい作品なので、近くで見たり少し離れたりしてじっくり見た印象は、夢幻的で自由で緻密。
満月の下、密林で笛を吹く蛇使いの女のシルエット。
草木は近くで見ると、数えきれないほどの多くの種類の緑で描かれているのがわかる。
細部に至るまで丁寧に細密に作りこまれ、熱帯雨林のむせかえるような濃厚な空気に満ちた世界だ。
ルソーには夢と現の境界にいるような“天然”なイメージがあるけれど、実は計算していたところもあるかと思える節もあるそうだ。
どちらとも言えるような作品の自由さと緻密さ。
捉えどころのない画家の頭の中にだけ存在する、晩年の幻想的なジャングルに圧倒されて、しばし絵から離れられなかった。


もちろん、以上に挙げた以外の作品もみな素晴らしく、超ドメスティック人間の私にとって、都内であれだの作品を一度に観られたのはっ本当に幸せなことであった。

だが、先に書いたように、夏休み中であるため、老若の自由すぎる方々に翻弄されっぱなしで、精神的疲労がひどかった。
幼稚園や小学校低学年のお子さんを連れてこられたお父さんお母さんが多かった。
もちろん、あれだけの名作の数々の本物を、幼いうちに見るということは、貴重な体験だし、教育にもなるだろう。
しかし、連れてきた親御さんの中には全く絵に興味がないらしい方々も見受けられ、お子さんが飽きてぐずるので仕方なく抱きあげて人ごみの中に乱入してくるものだから、私は何回も、どこかの坊っちゃんに背中やわき腹にキックをくらった。
更に、自由すぎる年配の方々の割り込みや肘鉄、罵詈雑言(私個人に対してではなく混雑に対してだが)に心身を痛めつけられた。
それでも、吉田東洋に蹴られた武市半平太の痛みと屈辱を思い、必死で耐えた健気な(←自分で言うか)私てあった。

しかし、私が戦慄を覚えたのは、お年寄りにでもなければお子さんにでもない。
お子さん連れのお母さん(おそらく30代)の行動であった。
小学校低学年らしいお嬢さんたちを連れたお母さんは、ゴッホの「星降る夜」の前に来ると、手を伸ばして持っていたルーペの柄で至近距離から指し示したのだ。それも何回もだ。
周囲にいた人々が一瞬、「えっっ」と凍りついたのは言うまでもない。
最初は、大きいルーペをお持ちなのだから、視力障害のある方が、特に許可を得てルーペを使っておられるのかしら、と思ったのだが、そうではないらしい。
いつ係の方か警備員さんが駆け付けるか、とハラハラしたが、人ごみの中で起きたことだったので気づかれなかったのか、あるいは私が不勉強で今の美術展では普通の鑑賞態度であるのか、だれもとがめなかった。
足元の柵は、大人が手を伸ばしても絵に届かない距離に設置してあるはずだが、それにしたって、結構ながい柄を、展示してある絵につきつけるなんて、信じられない恐ろしい動作だ。
子供がいて分別のある年齢のひとのすることだろうか。
万が一、バランスを崩してルーペの柄が、展示してある絵に傷をつけたりしたら…などと、恐ろしい想像をして身震いする思いであった。

いやー、いろんな意味で疲れた。

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コメント

美冬さん、こんばんは^^

 またまた美術展レポありがとうございます♪
ゴッホ好きなんですよ。特に『星空のカフェ』が彼の作品の中ではマイベストです。『星降る夜』も同じ頃の作品でしょうか?またたくというよりあのギラギラとした燃えるような星の光が彼にしては穏やかな風景の中に、やはり天才の狂気がひそんでいるような気がします。

 それにしても、そのお母さん非常識にもほどがありますねcoldsweats02回りの人はその芸術的価値を思って怒りを感じるでしょうしannoy
身内だったら「バカもの~~~!賠償金の単位は億だぞー!!!と卒倒しそうになるでしょう。。。shock

アンさん

いらっしゃいませ♪
コメントありがとうございます。

オルセー美術館展、とても贅沢なラインナップです。


>>『星降る夜』も同じ頃の作品でしょうか?

夜のカフェテラスの絵は、カフェの軒先の黄色い明りが温かく、星空が清らに美しく、全体に静かな幸福感があって、私も好きな絵です。happy01
『星降る夜』と同じく1888年秋、アルル滞在中に描かれたそうです。
この頃は、希望や穏やかさがゴッホの心を占めていたのでしょうか。
でも、この年のうちに、耳切り事件を起こすなど、どんどん精神を病んでいってしまうんですね…。

『ゲゲゲの女房』の水木先生を見ていても苦しくなることがありましたが、天才や鬼才と呼ばれる人たちでも自分の内側から絞り出すようにして作品を生み出すって、想像を絶する苦痛を伴うんですね。
凡人で良かった…。

例のお母さんの行動には、本当に目が点でしたが、なぜ警備員が気付かなかったのか、今だに不思議です。
いやー、冷や汗ものでした。

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