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2010-10-25

映画『十三人の刺客』

映画『十三人の刺客』を観て来ました。

公式サイト⇒ http://13assassins.jp/index.html

観たいと思いつつ、なかなか時間を取れなくて、気づいたら10月下旬。
封切りから一カ月になろうという時期だ。
こりゃまずい。

「終わってしまうぞ!!」 by アカマ自動車社長・古谷隆史

と慌てて、この週末に地元シネコンにて鑑賞して参りました


で、上映前の予告に反応。
『武士の家計簿』の予告は、本編映像なし、つまり堺雅人さんが映っていないので少しガッカリ。
『最後の忠臣蔵』の予告で、『十三人の刺客』でも主演の役所さんが登場。
いやー、本当にお忙しい。
斬って斬って斬りまくったり、黒木メイサに必然性を熱く説いたり。
というくだらないネタは置いといて。

内容】
片岡千恵蔵主演、工藤栄一監督による集団抗争時代劇の傑作を役所広司主演、三池崇史監督でリメイク。江戸時代末期、罪なき民衆に不条理な殺戮を繰り返していた明石藩主・松平斉韶の暴政を訴えるため明石藩江戸家老・間宮が切腹自害する。この事件を受け、幕府内では極秘裏に斉韶暗殺が画策され、御目付役・島田新左衛門(役所)がその命を受ける。新左衛門は早速刺客集めにとりかかるが、彼の前に斉韶の腹心・鬼頭半兵衛が立ちはだかる。斉韶に稲垣吾郎、鬼頭に市村正親のほか、山田孝之、伊勢谷友介ら豪華俳優陣が集結。
(映画.comより)


この作品についての世の中の評判はどうなのか、実は未だ知らないのだけれど、自分としては観て損はなかった、と思えた。
ツッコミどころは幾つもあったけれど、テンポや勢いでさほど気にならなかった。
暴力シーンや下ネタもあったが、そういうのが苦手な私でも、なんとか許容範囲だった。
ただし、物語の「そもそも」に必要なので仕方ないのだけれど、目を覆いたくなる残虐なシーンが幾つもある。
正直、「ここまでやらなくても、殿様の残忍さは表現できるんじゃ…」と弱虫の私なんぞは思ってしまうような場面も、一つや二つではなかった。
冷血非道な悪役に果敢に挑んだ稲垣吾郎さんの熱心なファンの方々にとっては、踏み絵的な作品かも…と思える箇所も多々あった。
そういうシーンは観たくない、不快そうだ、と思われる方は避けた方が良いかもしれない。


ここからは、ネタバレと、微量ではありますが、肯定的でない意見も含みますので、折りたたんでおきます。
公開から約1か月経過しているし、かなり粗い感想ではありますが、ま、念のため。
ネタバレも文句(ぬるいけど…)も大丈夫、という方は駄文・長文をお覚悟の上(苦笑)、先へどうぞ。













「斬って斬って斬りまくれっ!」 by  島田新左衛門

「売って売って売りまくれっ!」 by 鷲津政彦


どこまでもハゲタカ脳な私で、すみません。(笑)
でも、この号令の結末は、少しだけ似ているのだ。(強引だけど)
死屍累々。
生き残った者は、流れた血と涙を汲み、屍の山を踏み越えて行くしかない。
そして、この号令を発した二人がサムライの魂を宿していることも同じだ。
しかし、それぞれのその後は、当然ながら全然違う。
(鷲津政彦がサムライだというのは、作品の設定とは無関係で、あくまでも初見時からの私の勝手な思い込みです。)


ハゲタカ脳が生んだ妄想はさておき、感想を書いてみます。
少々、注文をつけてしまったところもありますが、「こうだったら良いな…」という妄想みたいなものなので、スルーしてやってくださいまし。



全体的な感想としては、アクション集団時代劇として、なかなか面白かった。
登場人物を掘り下げて描いていくという作品ではないけれど、俯瞰から撮影した緑濃い山道を行く大名行列や東京ドーム20個分の広さだというオープンセットなどのスケール感ある映像は映画ならではだったし、島田vs鬼頭の頭脳合戦、落合宿でのド派手な仕掛けから「斬って斬って斬りまくる」大立ち回りの激闘と、アクション時代劇のお楽しみ要素がつまった見せ場が次々とあって、ほとんどダレることなく,ラストまで観られた。


大名行列ならではだとは思うが、明石藩士達は、揃いの衣装で陣笠をかぶっていて個を消したヴィジュアルの集団。
藩主にぴたりと寄り添い死力を尽くして守り続ける明石藩御用人・鬼頭(市村正親さん)と近習頭・浅川(光石研さん)以外は、無個性でクローン兵みたいに見えるところが不気味であった。
そこが三池監督の狙いだったのかもしれない。
なので、50分間続く激闘シーンでは、さすがに「なかなか終わらんな…というか、敵が減らない気がするけどゾンビ!?クローンが再生してるのか?」なんて思ってしまった。


それと、こんなことを言うのも野暮だろうけど…。
島田隊の準備期間中の特訓(?)場面で、武士道なんて言ってる場合じゃない!戦はどんな手を使ってでも勝たなきゃだめ!みたいな言葉があり、これがラストで効いてくるのだが。
落合宿を「動く要塞」に仕立てて、ド派手にあの手この手で参勤交代の一行を襲撃して分断していく場面は、迫力も勢いもあって良かったものの、まだ相手の数が多いのに、途中で「小細工はここまで」と宣言して肉弾戦に移行するタイミングが早かったような。
敵の人数もまだまだ多く、まだ仕掛けも矢も残っているようなのに、なんで!?もっと敵を減らさないと勝ち目ないよ~勿体無い~と思ってしまった私は卑怯者?
これは私だけでなく、一緒に観ていた夫も鑑賞後に同じことを言っていた。
夫婦揃って目が節穴ってことかもしれないが。sweat01


島田が率いる暗殺部隊は、人数と時間の関係上、どうしても描き方に極端な濃淡が出てしまっていて、注意力散漫で目が悪い私は、「あれ、この人も出てたんだっけ?」と思ってしまった方もいたくらい。(すみません…)
けれども、それぞれの死に様が見せ場ともなっていて、それが50分間の死闘の句読点にもなっていたかと思う。

俳優陣は、主役の役所さんと対決する鬼頭役の市村さんの安定感はもちろん、大御所の重厚さ、中堅の充実ぶり、若手の勢いと、魅力たっぷり。
一人ずつのスピンオフが作れそうなくらいだ。
短いシーンのみご登場の方々も、ちゃんとインパクトや説得力があり、さすがに力と存在感のある方々だ。
ある意味、贅沢に豪華俳優陣を使っているとも言える。


その中で最も大暴れしていたのが山の民・木賀小弥太役の伊勢谷友介さん。
白州次郎や高杉晋作の格好良さとは全く違う魅力を放つ、本能のままに何にも縛られずに生きる野性の男だ。
笑いと下ネタも一身に引き受けていたが、さほど下品にならなかったのは、伊勢谷さんの持つ品の良さのせいかも。
侍という生き方しか出来ない男たちの悲劇がテーマでもある本作では、唯一、侍ではないのに気まぐれのように闘いに加わる小弥太の心身の逞しさが重要な意味を持つという事もあり、オイシイところを全部持っていく役だったと思う。
伊勢谷さん、三池さんにも愛されてますねー。
刀を使わない小弥太の縦横無尽な戦い方も痛快で格好良かった。


小弥太と対比するように描かれていた島田新左衛門の甥・新六郎役の山田孝之さんは、武士の姿が似合っていて、今後も時代劇のオファーが増えるんじゃないかと思った。
武士の社会に窮屈さを感じて放蕩していると言いながらも、その実、自分の生きる道=命を掛けて成すべきこと、を探しあぐねている新六郎。
自分を持て余して苛立ちを隠せなかった彼が、次第に若侍らしい精悍な顔つきになっていって、とても魅力的だった。
山田さんは、今時の硬いものを噛んでいないような若者と違うしっかりした顔つきなので、武士が似合うのかも。
新六郎が、出発する時に恋人の芸妓・つやに残す言葉が、なんとも粋で、切ない。


小弥太と新六郎の二人が、侍という生き方・価値観に虚しさや疑問を感じる観客の気持ちを同調させる登場人物だとすると、島田と鬼頭は侍としてしか生きられない悲劇を体現する存在。
松平斉韶の極悪非道な暴君ぶりを目の当たりにして、太平の世に本当に命がけで世のために働けるならばと、老中からの恐ろしい密命を拝する島田と、彼と使命を共にする侍たちは、いわば「大儀」の為に命を投げ出そうとする侍だ。
お城勤めや浪々の毎日で、腰に差した大小の刀の意味ってなんだ!?武士の存在意義って何だ? と悶々としていた島田と彼の配下の刺客となる侍たちは、天下万民の為の大名暗殺という密命を帯びてから、生き生きと輝きだす。
全身全霊を掛けて勝ち目の少ない闘いに臨む姿は、哀しくはあるが、潔く凛々しい。

ではあるのだが、私には複雑な心中であろう鬼頭の方に少しだけ感情移入してしまった。
市村さんの熱演のせいもあるだろう。
鬼頭は、主君の異常さ非道さを承知しつつ、それでも徳川家に仕える者として、また、明石藩から千石の禄を賜る御用人して、殿の身を守るために力を尽くし、自らを犠牲にすることも当然として行動する。
こちらは、「忠義」のために生きる侍だ。


島田と鬼頭は、互いを認め合っていて力を熟知しているし、互いの思いを嫌というほど分かり切っているけれど、どうしても切り結ぶしかない運命を進むのだ。
これも哀しき侍の宿命だろう…ということだが。

現代人の私は、「どうしてあんな殿様を命がけで守るんだよ」…とか、「老中なら、なにも大量の犠牲を出すようなことを命じずとも、素行不良の将軍の弟を隠密に毒殺させるくらいはできるんじゃないか?」…とか思ってしまうのだが、そこが侍社会・徳川幕府支配の世の枷なのだろう。
彼らには、この選択肢しか無く、この生き方を否定することは己の存在を否定することなのだろう。
大儀だ忠義だといって、互いの命を散らすのは、あまりに辛いし、むごたらしいけれど、彼らはそれを受け入れるしかない。
他者の命を奪うことによって生まれる憎しみや恨み、汚名を受ける覚悟あってこそ侍の道を行く者である、ということなのだろう。
侍という生き方しかできない彼らに、やがて来る侍の世の終焉、滅びの美学のようなものも感じた。



それから、恐らく私だけが反応したポイントが一点。
島田と鬼頭は学友であり、桃井道場で剣を交えた仲でもあると劇中で語られる。
桃井道場って、桃井春蔵の『士学館』のこと?
だとすると、武市半平太は江戸での剣術修行で、この道場に学び、桃井春蔵に剣の腕と人格高潔なところを認められて塾頭に指名されているから、島田と鬼頭は、武市さんと同門の兄弟弟子じゃん!
とか、もう完全に虚実を混同して一人コーフンしていたのだった。
いろいろと間違っちゅう鑑賞態度で、申し訳ない…。



他に印象的だった登場人物としては、島田の食客である剣豪・平山(伊原剛志さん)。
島田の人徳に感銘を受け、彼のためなら命を賭しても構わないという義に生きる男だ。
主君を持たぬ浪人の平山が、恩義があり、敬愛する島田に自分の命を預ける時を待っていたと申し出る時の静けさの中に気迫のこもった佇まい、そして、闘いの場での流麗な太刀裁きは、これもザ・サムライであった。
伊原さんが、またメチャメチャ格好良かったのだ。
『新選組!』の佐々木只三郎役も良かったなぁ…。
平山と若い門人・庄次郎が共に奮戦し散っていく場面は、師弟の絆が見えて、もっと二人の話が観たかったなあと思わせられた。
そういえば、庄次郎役の窪田正孝さんと、斉韶に惨殺された尾張藩の牧野采女役の斎藤工さんといえば、『ゲゲゲの女房』で水木しげる先生の初代アシスタントだったお二人じゃありませんか!
お二人とも、本当に良くお姿をお見かけする。



最後に、この物語の元凶である悪の権化、鬼畜のような振る舞いをする明石藩主・松平斉韶と、演じた稲垣吾郎さんについて。


斉韶は、生来、残虐な異常者として設定されている。
もう人間ではないような冷血さで、非道な悪行の限りを尽くす。
その悪い殿様を、吾郎さんは、淡々と表情をあまり出さずに演じているので、何を考えてるのかわからないような掴みどころの無さ、不思議な浮遊感が出ていた。
今まで経験したことのないような役柄に果敢に挑戦し、ベストを尽くしたというのが分って、良く頑張った!と心から思う。
しかし、どうしても吾郎さん自身の穏やかさや善い人の素地が透けて見えるような気もしてしまい、もう一歩踏み込んだ殿様の狂気の凄みと恐ろしさを出させていたら、更によかった…とも思えて、少しだけもったいなかった。

斉韶は、暴君だが昏君ではなさそうだ。
とんでもない行動・言動の中に、時折、真理を突いたようなことを、さらりと言って、鬼頭らを震え上がらせる。
「徳川の世も長くないな。」とか。
彼は、きっと生きていることに飽いている。
だから、異常行動に走るというほど短絡的な人物設定ではないのだろうけれど…。
将軍の弟として生まれ、先代将軍である父の力で明石藩の領主となり、不祥事を起こしても公儀がもみ消してくれるが、自分に力がある訳ではない。
家臣たちから所詮は飾り物だと思われていることも知っている。
だけど、それは認めたくない。
自分が飾り物ではないと周囲と自らに認めさせたいのか、それとも自分を持て余して苛ついているのか。
ただ単にオカシイだけなのか。
いずれにせよ、彼の内部にある狂気の一部だけが異常行動として表出していて、内側に底知れないブラックホールのような広大な闇があるようにも見えていたら、もっと怖い。
そんなふうに凄みある狂気の殿様として表現できていたら、既に徳川の世が腐っていることも、その腐った世の大儀と忠義のために死力を尽くす侍の悲劇的宿命も、浮き彫りになったろうになあ…なんて余計なことを考えてしまった。この微量な(私が感じる)物足りなさは恐らく、脚本と演出での描き方の問題であって、吾郎さんは、監督の要求に最大限に応えていたと思うし、彼の現在の立ち位置やイメージからすれば、このチャレンジは相当にハードルが高かったはずだ。
彼にとっては新境地への大いなる一歩だったと思う。

しかし、温厚で美しいものを愛する吾郎さんの中には、自身の素を完全に隠して、人々を震撼せしめるだけの邪悪さ・狂気・退廃・闇…といった悪と毒の華のような人物像を描き出すには、それらの要素がほとんど無いだろうし、かつ悪役の経験値が不足していたのかもしれない。

私は彼の穏やかさとか独自の美学を持っているところが好きなので、そう思ってしまうのかもしれないが。
今後の更なる飛躍が期待される悪役ぶりであったことは、重ねて申し上げておく。

本当に期待以上に良かったので、「もっと出来るはず…」という欲と老婆心を出してしまっての“注文”である。

(また勝手に祖母になっているのである…笑)


斉韶を含め、脚本・演出上での人物の掘り下げは物足りないが、先に触れたように、一人ずつの内面を丁寧に描くタイプの作品ではなく、あくまでもアクション時代劇、集団抗争劇として描かれていると割り切れば、かなり面白い作品だったと思う。
まあ、色々と突っ込みながら観るのも楽しいであろう。

とりあえず、私はオリジナルの片岡千恵蔵ver.を観てみたくてたまらない。



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コメント

冒頭切腹はつい何文字?とか思ってしまった
沢村さん、一徳さんにゴールデンパラシュートしてましたよね
小弥太…鳥かご背負わせてみたいワイルドっぷりでした
「武士の家計簿」予告観ました(大奥の時…)
公開楽しみです

>なかりんさん


ようこそ♪
コメントありがとうございます。


>>冒頭切腹はつい何文字?とか思ってしまった


いやー、内野さんの表情と効果音がリアルで、もう痛そうで…。
三文字は武市様の専売特許(違)なので、間宮様のは最大二文字まで。(笑)


>>沢村さん、一徳さんにゴールデンパラシュートしてましたよね


あっっ、なかりんさんも、そう思われましたか?
ハゲタカ・ファンなら当然?
さすがに記事には書きませんでしたが、「鷲津は小判でなくて良かったな。重いもんね。」とか妄想していたのは秘密です。(笑)

今日、会社をサボって見てきましたよ。
いやはやすごい映画でしたね。
しかし、感想がのきなみ「あなたは、私なんだ」でしたよ(笑)。
ラスト50分の「小細工はここまでだ」は早過ぎとか、
ゴールデンパラシュートとか、桃井道場とか。

でもって、やっぱり脚本がしっかりしている作品は違うな、
とかも思ってしまいましたの。まったくもう、「龍馬伝」を
1年近く見続けたせいでたちの悪い病気にかかってしまって(笑)、
気がついたらすっかり脚本や演出にいちゃもんつけるように
なってしまいましたー(泣)。

>私はオリジナルの片岡千恵蔵ver.を観てみたくてたまらない。

2010年版のおかげか、はたまた既に決まっていたのか、
1963年版のDVDは11月1日に発売されるようですね。
そうなるとレンタルでも出るでしょうから、私もちっくと見てみたいです。

tsumireさん


いらっしゃいませ。
コメントありがとうございます。


濃密な大型時代劇でしたね~。
脚本が良く練られているので、せりふが上滑りにならず、ちゃんと観ている人間に物語と登場人物が入ってくる感じがあり、どんどん腑に落ちていく快感みたいなものもありました。
これも、某大河ドラマを観ている時に感じることのあるストレスにやられ続けてきたせいで、余計に良く感じたのかも…?

印象的なセリフもいくつかあるので、オリジナル版でどうだったか、ちょっと気になります。
レンタルされたら、やはり一度は見ておきたいですわ。

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