『龍馬伝』第46回「土佐の大勝負」~逆さひょうたん公の決断(11/22 追記)
記事タイトルの意味は、武市半平太にご興味がおありの方ならば、ピンと来るだろう。
「何?」と首をかしげておいでの方、意味については最後に触れるので、しばしお待ちを。
関係ないけど、先ほど、『坂の上の雲』のBS-hiでの再放送を観ていたら、伊藤博文と陸奥宗光が高杉晋作の話をしていて、「おっ」と反応してしまった。
高杉さんたら、いつまでも人気者。(笑)
さて、先週はフレッシュな西村Dのアッサリ風味の龍馬の休日だったが、今週は私が最も安心して観られるバランス感覚に秀でた梶原Dがご担当。
(大友さんの演出のファンだけれど、母の気分で観ていると、ちょっとハラハラすることもあるので…笑)
予告での容堂vs後藤も迫力があって楽しみだったし、期待しとったのよ。
だけど……。
むーーーーう…・。
やっぱり、役者さんの好演・熱演と、演出をはじめとするスタッフ陣の力をもってしても、脚本の根本にある、歴史の結果だけに視点を置き、現代的価値観のみ正しいとするスタンスに納得いかないから、腑に落ちなかったのだ。
この点に関しては、ヒートアップする危険性がありそうなので、これくらいにしておく。
まずは、頭を冷やすために、印象に残ったところを挙げておこう。
龍馬の帰省。
久しぶりに土佐の坂本家に帰ってきた龍馬を暖かく迎える坂本一家。
にぎやかな再会の場面も、龍馬と皆の会話の雰囲気も、“お約束”ではあるが、やはり、ホッとする。
できれば、龍馬が富さんを訪ねて、一緒に武市さんの墓参りでもしてくれたら嬉しかったけどなあ。
なんて思うのは、ラストが近づいて感傷的になっているせい?
ただ、乙女に、龍馬の周りは敵だらけな気がする…とか、命を大事に…みたいな陳腐なセリフを唐突に言わせてたのは、ちょっとね…。
乙女姉やん、龍馬の危機にシンクロしたのかと思っちゃったよ。
(『SP』の井上じゃないってば。)
せっかく寺島しのぶさんを配したのに、乙女姉やんの使い方は、勿体無いまま終わりそうだ。
そして、今回の主役とも言えるのが、後藤象二郎。
最近、毎回のように絶賛してるけど、今回のムネムネも最高の熱演でしたな。素晴らしい。
容堂に大政奉還の建白書を書くように必死に説得するうちに、自分の龍馬への嫉妬を吐露し、その上で龍馬に面会して欲しいと強く進言する。
「妬ましかったがです!」
は、忘れられないだろうな。
二人の熱気と気迫が画面越しにも流れ出てくるような強さがあり、圧倒された。
容堂の威圧感にひるみそうになりながらも、必死で説得する後藤の熱意を表現する若い青木さんの攻めをしっかりと受け止める大ベテラン・近藤さん。
いやー、目が離せませんでした。
そして、龍馬と面会した晩に、容堂と後藤が酒を酌み交わす場面は、対照的に静かだった。
容堂は後藤に懸念を打ち明け、後藤は「自分達家臣は大殿様に従うのみ。」ときっぱりと応える。
容堂が後藤に杯を持たせ、手ずから酒を注いでやり、苦笑含みに「武士の世を終わらせるか」と呟く。
この台詞自体はベタベタなんだけど、この場面、二人の間に流れる空気が素晴らしかった。
近藤さんの静かで深い表情や佇まいは、いつものエキセントリックな近藤容堂の奥に有る、統治者としての葛藤、それを乗り越える瞬間を表現していたように見えた。
容堂と後藤の二人の2場面は、脚本の足りない部分を、役者の力量や醸し出す空気が補って余りある場面だったと思う。
近藤さんと青木さんの、見事な響き合いが、見ごたえあった。
さて、ここからは、遺憾、遺憾、いかん、いかーーん!のコーナー。
浜辺で、威張り腐った上士が、龍馬たちを恫喝するシーン。
なんですか、あれは。
安すぎる。
長崎の土佐商会では、上士の中に時代の流れを読み、弥太郎の商才を評価する者たちも現れていたというのに、土佐ではまだ古い体制のうえにのさばっている者が弱い者いじめをしているって図だけどさ。
言いがかりをつけてきた連中が幼児並みで、もう噴飯もの。
上士と下士のいがみ合いは、いちいち陳腐でウンザリでごわす。
さて、今回の肝、後藤の尽力で、龍馬が、大政奉還の建白書を書くように容堂に進言する場面。
福山さん、青木さん、近藤さんの三者、素晴らしく気迫がみなぎり、良い場面になるに違いないと思ったのだが…。
確かに、お三方の熱演には、文句のつけようも無い。
だけど、やっぱり龍馬の言っていることが…ねえ。
お得意の「日本人」と、「身分制度が悪い⇒それを創った徳川が悪い⇒幕府を倒せば皆が笑って暮らせる国になるぜよ」という、いつもの不思議な龍馬理論。
これについて、文句を言うのも疲れたので控えておくが、ホントにこんな論理で容堂を説得できると思っているなら、龍馬はおめでたいのう。
私は、容堂は龍馬理論に感じ入ったのではないと思っている。
リアリストとして、瀕死の幕府を安楽死させる手段として大政奉還を武家の頭領たる将軍に進言する役を買って出ようと決心する背中を後藤に押されたんじゃないかと思う。
そう考えないと納得がいかないのよ。
容堂vs龍馬のシーンでは、『龍馬伝』の龍馬ならば、そういうことを言うんじゃないか、と予想していたことを、案の定、龍馬に言わせていて、(しかも、どう考えてもスジが通っていない)、もう聞いていて「ふっっ」と鼻で笑っちゃったわ。
それだけならまだしも、龍馬伝の恐怖の大王(笑)こと「龍馬の大芝居」の回で、容堂が入牢中の武市を訪ねたときのことを持ち出したときには、「おいっ、ここでそのネタ使う?しかも回想シーンまで…記憶から抹消したいのに…」と、がっくり肩を落としてしまった。
結局、あの誰も得しない大芝居は、龍馬が大政奉還を成し遂げるための伏線だったつーわけかい。
おい…。
「ふざけるなぁーーっ!!」 by 鷲津政彦
これは失礼。つい熱くなってしまって。
武市さんたら、律儀すぎるから、亡くなってまで龍馬を盛り立てる役割を頑張っちゃったね……しくしく…。
さて、文句はこのくらいにして。
冒頭で触れた、記事タイトルの元ネタについて簡単に記しておく。
それは
YOMIURI ONLINE 2010年11月4日 掲載のニュース。
※11/22追記
上記ニュース記事は、現在閲覧期限を過ぎてしまいました。
同記事内容につきましては、以下の記事を御参照下さいませ。
大阪龍馬会様のブログ 2010年11月5日付
詳細は、上記リンク先を御照覧いただきたいのだが、切腹直前の武市先生が、なんと!心服する大殿さまの悪口を得意の(笑)絵手紙にしたため、義弟に送っていたのが、高知県の民家で発見されたというのだ。
手紙の中で、容堂公のことを「逆さひょうたん公」と書いているという。
専門家による鑑定によれば、真筆らしい。
ほんまかいな。
あの、武士道に生き、高潔な武市さんが、いくら土佐勤皇党を弾圧したとはいえ、主君・容堂公に対して、そのような不敬なふるまいをするだろうか…。
まあ、切腹8日前に心の澱を吐きだして、スッキリして立派な最期を迎えられたのも?
でも、武市さんが大殿さまの悪口なんて、やっぱりイメージが崩れるなあ…。
とにかく、『龍馬伝』第46回のアイタタタなオチにとっては、ありがたくない発見だったかもよ。(笑)
まさか、『龍馬伝』での扱いにムッとした武市さんのプチ復讐だったりして。
「おお、怖~」 by 大河内瑞恵
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