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2011-03-13

帰宅困難者寸前で

このたびの地震で、けた外れのボンヤリ者の私も、かつてない恐怖や不安と向き合うことになったが、怪我もなく無事に自宅に戻っている。
皆さまも、ご無事でしょうか。

東日本大震災の被害の甚大さに、ただただ呆然としているばかりだ。
福島の原発のことも、とても心配で気にかかる。

被災地の皆さま、被害にあわれた方々には、心よりお見舞い申し上げます。


私も家族も無事で、自宅にも被害は無かったが、12日の11時ごろまで夫の消息が不明だったので、一晩中、落ち着かず、12日午後に彼が無事に戻ったところでホッと安心して爆睡(汗)してしまったりして、先ほどまで自宅PCを立ち上げる余裕がなく、気づけばもうこんな時間。
とりあえず少し落ち着いたので、先ほどから、いつも巡回しているブログやホームページ等を取り急ぎ拝見して回り、皆さんのご様子を確認中。
いつも拝見しているブログのなかには、仙台在住のブログ主様のところもあり、ご無事をお祈りしている。

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+


遅ればせながらであるが、私の地震当日の顛末。
思い出すままに書き散らしているので、読みづらいと思います。



①ビル内で遭難?。

地震が起きた時、私は東京都中央区某所にある勤務先にいて、11階にある自席を離れ、ロビー階に降りて自販機のあるリフレッシュメントコーナーで冷たい飲料を買っていた。
5分程度で戻るつもりだったので、誰にも声をかけていなかったし、オフィス内PHSも自分の携帯電話ももっておらず、飲み物代ぴったりの小銭しかもっていなかった。
これがまずかった。


飲み物の取り出し口に手を伸ばそうとした時、体がゆらゆらした気がしたので、「めまいかしら。」と思った。
ところが、揺れはどんどんひどくなり、ギシギシミシミシという嫌な音が周囲からし始めた。
私の後ろに並んでいたよその会社の若い女性が、「あっ、地震ですよ!」と叫んだ。
ハッとして、「自販機の前から離れましょう!」と声をかけつつ、あわあわしながらも、買った飲み物を取りだすことは忘れず(こら)、まず壁に張り付き、少しおさまったところで、エレベーターホールに出て、他の人々とともに太い柱にしがみついたまま断続的な揺れに耐えていた。
喫煙所にいた男性たちもぞろぞろとエレベーターホールに出てきて、壁や柱に身を寄せていた。

長い長い揺れが収まって、自販機前で一緒だった彼女は下層階に会社があるからと、階段で戻っていったが、私のオフィスは11階。
日頃の不摂生に不安はあれど、まあ歩いて登ることができる階層だが、登っている途中でまた揺れたらどうしよう。
先ほどの揺れを思い出すと不安で、登っていく勇気が出なかった。

自分の居場所を連絡すべきだが、前述したとおり、オフィスに連絡するすべが全くない。
せめて小銭を持っていれば、ロビー階には公衆電話もあるので、上司に自分の居場所を伝えられるのに…。
自分の迂闊さを呪いつつも、このままエレベーターか復旧するまで待っているわけにもいかないと、一大決心して非常階段室へ。
オフィスの様子も気にかかる。

ところが、階段室の壁の塗装がひび割れたりはがれ落ちたりしているし、各階の階段室の防火扉がギイギイきしむ音を立てていて、恐怖心をあおる。
自分以外に階段を上り下りしている人もいないし心細いな…とビクビクしていたら、そこに余震が。
あまりの怖ろしさに壁に張り付き、ヨロヨロと這うように階段を上って最寄階の扉から非常階段室を出て、よその会社の廊下の端にしばし避難。
廊下は無人だったので、ますます怖い。
だんだん気分も悪くなってきた。
そこで、余震が収まったのを見計らって、またロビー階に下りてエレベーターホールで様子をみていた。
自分の勤務先の人は全く見当たらず、不安が募る。
で、ロビー⇔非常階段室を2回も繰り返した。(涙)
しかし、なかなかエレベーターが復旧せず、こうなったら、何が何でもオフィスに戻らねば…と、再度の決意(大げさ)をして、非常階段室にもどり、今度はなんとか11階へたどり着いた。

すると、階段室を出たところで、上司と総務の女性にバッタリ。
二人は「良かった!!エレベーターに閉じ込められているんじゃないかって心配していたのよ!」と、私の姿を見て喜んでくれた。
恐縮して事情を説明すると、上司が「一番良いところにいたかもしれない。オフィスが大変なことになっている。」と言うのだった。
恐る恐る部屋に戻ると、デスク周辺は大丈夫だったが、部屋の棚に収めてある大量の資料類が軒並み床に散乱していて、足の踏み場もない。
幸い、キャビネット類や備品は倒れたりしていない。
上司はじめ、その時に部屋にいた人は皆、デスクの下に隠れていて、怪我もなかったとのこと。
とはいえ、オフィスの惨状に、上司も私も呆然自失だった。
私が行方不明(汗)になっている間に部署を統括する役員が来て、余震があるかもしれないので、身の安全を確保するためにも、部屋の整理は月曜日以降で良いから、帰れそうな人は帰宅するように、というお達しがあったとのこと。
しかし、交通機関は全て止まっているし、どうやって帰る?



②帰宅難民あふれる東京駅

とりあえず、交通機関の情報が入るまでは何もできないと思い、やりかけていた業務を一区切りのところまで片づけることにした。
一方、上司は「何も手につかない…」と言ってデスクを片づけて、ワンセグでニュースを見ていた。
二人とも、合間に家族に電話やメールで連絡を取ろうとしても全くつながらなかったので、心配が募る。

そのうちに、他部署の人たちが徒歩で帰るという情報が入って来て、私たちは、「歩くには自宅は遠いし…。でも、このビルはあぶないし…。」と今後の行動について迷っていた。
オフィスに泊るのは、できれば避けたい。
自宅も気になるし…。
歩いて行ける大きな施設や広場まで行くしかないか、と上司と話し合った後、紆余曲折あって、多摩地区に自宅がある常務と私の上司に、都内に実家がある私がくっついていくこことになり、行けるところまで行こう、ということになった。
勤務先の前の大通りを都バスが走っているのが見えるので、できればバスで東京駅まで行き、そこからバスを乗り継いで、後は徒歩で…というアバウトな計画。

各自に総務から支給された「安全ローソク+エコマッチ」と、自分でオフィスに常備している膝かけと飲み水とチョコレートをバッグに詰め込み、常務と上司とともに階段を下りて外に出たのが17時半くらい。

目の前の大通りの歩道を埋め尽くすほど人が歩いている。
ヘルメットを被ったり手に持ったりしている方々も多い。
バス停には長蛇の列だが、どのバスも満員で通過していく。
仕方なく、どこか途中からバスに乗ることにして、東京駅に向かって歩き始めた。
通常、オフィス前のバス停から東京駅まではバスで15分くらいだろうか。
歩くと40分くらいかと思うが、人が多いし、途中で何があるかわからないので、1時間くらいかかるかも…と覚悟を決めて歩きだしたが、15分くらい歩いたところのバス停には待っている人が少なかったので、いちおう並んでみることにした。
すると、1台のバスが停まって、ギリギリの人数まで詰め込んでくれた。
ありがたかったが、途中の道路の渋滞が尋常でなく、ほとんど止まっている。
「歩いたほうが良かったかも。」と後悔しきり。
でも、寒いし、少しでも体力を温存するには、バスで良かったのだと上司や周囲に立っている乗客の方々と慰め(?)合った。
ふと、車窓の外をみれば、ちょうど銀座。
銀座の歩道も、もちろん人の波だ。
ビルにもたれるようにして、呆然としていらっしゃる方々も多いようだった。

ようやく東京駅の丸の内口に到着。
バス乗り場に並んでいる人の列は何重にもなっていて、暗いのもあって、どこに行けばいいのか分からない。
しかし、どうやら我々が乗りたい方向のバスが全く来ていないようであることがわかり、JRか地下鉄が動き出すのを東京駅内の飲食店に入って待とうか、ということになった。

しかし、駅構内は、通路を歩く人が多いだけでなく、通路にも階段にも疲労しきった人々が座り込んでいて、いつもの東京駅とは全く様子が違う。
修学旅行らしい学生さんたちも多数、座り込んでいた。
手にはディズニーランドの大きな袋。
せっかくの楽しい日だったろううに…。

少ない公衆電話の前には、超長蛇の列。
やはり、携帯電話はつながらないのだろう。

いつもなら、東京駅とか丸の内という場所に、ハゲタカ妄想が膨らむ私だが、そんな余裕もなく(実は、一瞬だけ鷲津が脳裏に浮かんだけど)、人ごみの中で前をいく上司たち二人を見失わない様にするのが精いっぱいだった。

皆、考えることは一緒で、東京駅地下街の飲食店は軒並み満員で店の前は行列ができている。
なんとか、行列のない喫茶店を見つけたが、やはり満員なので20分くらい待ち、店内へ。
ここで、いつもなら嬉しいはずの甘いものをいただいたのだが、この時は味わう余裕もなかった。
時折ながれる構内放送を聞いていると、東海道新幹線は少し動くようになったらしい。
在来線や地下鉄はどうだろうか、と待っていたが、19時30分頃に、在来線は当日の運転は取りやめるという放送があり、また、地下鉄・私鉄も運転再開の予定不明ということもわかり、相談の結果、仕方なくオフィスに戻ることにした。
東京駅前のバス停の行列は更に凄いことになっていたが、オフィスに戻る下り方面のバスは、あまり待たずに来て、しかも乗る人も少なくて座れてラッキーだった。
それが、20時少し前だったろうか。
しかし、戻る道も大渋滞。
結局、無駄な動きをしてしまったが、ひどいことになっているオフィスでじっとしているよりは良かったかも…と互いを慰めつつ、オフィス前のバス停で下車。
20時30分。
すると、最寄駅の都営地下鉄の駅に入っていく人々が!



③幾つになっても親頼み

都営地下鉄の駅に降りて行くと、駅員さんが改札の前で、「20時40分くらいに運転再開予定です!」と教えて下さった。
なんという良いタイミング!
上司と常務は、途中駅で自宅方面へのバスに乗れるはずだから、と都営地下鉄に乗るというので、二人を見送った。
が、私は途中で東京メトロに乗り換えないといけない。
駅員さんに訊ねると、東京メトロも他の私鉄も未だ運転再開していないとのこと。
しかし、この都営線の某駅は、実家に車で15分くらいのところにある。
そこからなら歩いて実家に行けるではないか!
今まで全く電話が通じなかった実家の固定電話は相変わらずつながらなかったが、母の携帯にはやっとつながり、事情を話すと、「駅についたら連絡ちょうだい、車で迎えに行くから。」と言ってくれた。

ということで、都営地下鉄に乗り込んだ。
途中で後続車に事故があったりして止まったり、ひどい混雑だったりして、時間もかなりかかったが、電車で移動できてきるだけでもありがたい。
なんとか、目的の駅に着き、母の携帯に連絡すると、また繋がらない。
「ここまで来て…」と焦ったが、15分くらいしたらようやくつながり、駅前ロータリー付近で待つように、との指示。
しかし、ロータリー周辺は、東京駅とは規模は違えどバスやタクシーを待つ人であふれかえっている。
私のように、家族などの迎えの車を待っている様子の人も多数。

近くに警察署があるので、制服警官が多数、駅前に立ち、ロータリーの行列を整理したり、徒歩で自宅に向かおうとする人々に道案内をしたりしていた。

待つことしばし。
23時過ぎ、両親と落ち合うことが出来た。
実家に泊ることをすすめられたが、夫と連絡もつかないし自宅がどうなっているかも心配なので、そのまま自宅に送ってもらうことにした。
車内で実家の様子を聞いたが、実家ではタンスの上に載せていた空箱が落ちた程度で被害はなかったとのこと。
この都営線の駅から自宅までは、車で通常なら20分程度で着くはずが、これまた大渋滞で50分近くかかってしまった。
その途中の道でも、徒歩で自宅に向かっている様子の方々が多かった。


無事に我が家に到着し、洗面所を使いたいからと立ち寄った両親は、我が家の魔窟ぶりをみて、「…たまには掃除しなさいよ…」と渋面になっていた。
……まあ、とりあえず、日付が変わる直前に自宅に戻れたので、良かった良かった。

かなり酷いことになっているのでは、と覚悟して自宅に戻ったが、掃除機が倒れていたくらいで、後はなんともない。
12日に管理人さんから聞いたところによれば、10階以上の部屋ではタンスが倒れたところもあったそうだが、我が家は2階だったので大丈夫だったのかもしれない。


帰宅後も夫とは連絡がつかなかった。
神奈川県内某市に勤務先がある彼は、JRが動かなければ身動きが取れないので、恐らく会社に泊っているんだろうとは思ったが、やはり安否が不明だと不安で、リビングのソファでテレビのニュースを見て一夜を明かした。
翌12日の11時ごろ、やっと夫から電話があり、勤務先から歩いて1時間くらいのところに住んでいる単身赴任の同僚に部屋に泊めてもらったのだが、携帯電話もメールもまったく繋がらなかったとのこと。


それにしても、自分はジタバタしたけれど、オフィスがあるビルでも徒歩やバス・地下鉄での移動中も、各駅やバス停でも、あれだけ大勢の方々が粛々としていらしたのが印象的だった。
どんなに混雑していても、行列が長くても、整然としていたし、知らない同士で声を掛け合ったりもしていた。
東京も捨てたもんじゃない。
…とは思ったが、テレビ等で政府や関係機関の対応を見ると、不安にもなる。
うーーん。



また、今回のことで多々、反省する点があったのだが、緊急時の備えや、勤務先からの帰宅経路の確認、非常時の連絡手段のことなど、常日頃の準備の不足を思い知った。
まずは、非常持ち出し袋と自宅と勤務先に備えなければ…。

まったく垂れ流しの文章だが、まとめる気力もないので、このままで…すみません…。

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day to day」カテゴリの記事

コメント

おつかれさまです!
無事でよかったです。

ご無事でなによりでした。災害時の帰宅難民化については全く考えてなかった訳じゃないんですが、実際に体験してみると思っていたよりは格段に色々なことが機能しないものだったということを改めて実感しますねぇ。本当にお疲れさまでした。

なつみかんさん


お気づかい、ありがうございます。
なつみかんさんも、ご無事とのこと、本当に良かったです。
11日から12日は、地震速報が入りっぱなしで、全く落ち着きませんでしたね。
今回の地震で、日ごろの自分の準備不足を痛感しています。
とりあえず、自分にできることを一つずつ、やっていこうと思います。

tsumireさん

tsumireさんも、地震発生時からご帰宅まで大変な思いをされてお疲れのところ、拙宅にまでお気づかい、ありがとうございます。゛

私は、しばらくブログを更新できず、ブログ主としてのダメダメさを改めて露呈してしまいましたわ…とほほ…

私の勤務先は大きい川沿いにある埋め立て地なので地震に関してはちょっと不安な立地。
しかもビルがいかにも脆弱な作りっぽい。
と、日ごろから皆で心配はしていたのですが、その割には被害が少なかったかもしれません。
それでも、部屋によってはキャビネットが倒れてつぶれたりしていましたが…。
私の部署は家具類は無事でしたが、中に入っている資料類がほとんど飛び出して床に散乱しました。
月曜~から片づけです……sweat02


>>実際に体験してみると思っていたよりは格段に色々なことが機能しないものだったということを改めて実感しますねぇ


そうですね。
とにかく、携帯は繋がらないし、勤務先の情報共有は全く駄目だしで、やはりツイッターなどで自分で情報収集・発信せねば、と考えました。
他にも、ひとつずつでも自分に出来ることをしていかないと。

美冬さん

ご無事で何よりでした。
関東は東北の悲惨さの影であまり報道されていませんが、大変でしたね。
まだ余震の不安がぬぐいきれない状況らしいので、充分ご注意ください。

>我が家の魔窟ぶりをみて

地震のせいじゃなくて?(笑)
魔窟は廃人の必須アイテムかも。

美冬さん!ご無事が確認できてうれしゅうございます。
ブログが更新されていないので、心配でしたが大変でしたね。
あの瞬間、一人というのは本当に怖かったであろうとお察しします。

東京都心の他のオフィスや徒歩以外の帰宅を選択した方々はどの時点でどういう判断と動きをしたのだろう?とか、自宅の被害はどの程度なのだろう?などとぼんやり思っていたのですが、美冬さんの時系列レポートを拝読してその思いが解消されました。ありがとうございます。

お互い、自宅は地震の被害はなかったものの明日のオフィスのあれやこれやが思いやられますね・・・。でも、この程度で済んだことに感謝して頑張るしかないですね!
脳内で鷲津に指示されて、鷲津にねぎらわれてることにしてがんばります。あ、鷲津は美冬さんのところで忙しいから私は向井くんにしておきましょうか・・・(相変わらずおバカ)

こんばんは 美冬さま

ご無事にお帰りになられたとのことホッいたしました。

大変な状況にも関わらずオフィスやターミナル駅周辺での
克明なレポート感服いたしました。

ご両親も美冬さまのお元気なお姿を見て美冬さまのご自宅が
大丈夫(家屋倒壊やら何やらとかでなく)だったのでついホッと
なってつい軽口が出てしまったのではないでしょうか。

「魔窟」はいずれ中延・村田の従者コンビを引き連れた勇者・鷲津が
美冬姫を「無理じゃない。やれ!やるんだ!!」と叱咤激励して
何とかしてくれると思います。

我が家は冷蔵庫がマイケル並みにダンスし、電子レンジが床にダイブして
床にスパイダーマンのマスクのようなヒビを入れ、食棚の中でグラスや
コーヒーカップのような高価で繊細なものから壊れていくというのを
なす術なく柱にとりすがって見ているしかありませんでした。

その後、揺れがおさまってみると動いたり壊れていない家具は一つもなく、
立っている足元まで様々なモノが散乱しまさに「カオス」となってしまった
我が家です。

もう2晩きちんと横になって寝ていないのでとうとう持病の喘息が再発し
てしまい今朝早くから病院です。

そこではモノが落ちてぶつかり怪我をされた人や、家や会社の片付けで
無理をして腰や膝を痛めた人、寒さやストレスで体調を崩した人などで
混みあって騒然としている待ち合い室でした。

かれこれ3時間も待ちましたが、呼吸器内科の先生がおっしゃるのには
今回の地震でいつになくホコリが多く、何年も前のホコリやら様々なモノ
や場所によっては建物や家具などが壊れてでた粉塵などが空気中に
満ち溢れているから今まで以上に気をつけないといけないと言われました。

そして何よりも「ストレス」が良くないとも。

「地震の後、泣きましたか?」と突然聞かれてビックリしました。
えっと驚いていて片付けやら何やらでそれどころではありませんと答えると
「なるべく早く泣いたほうがいいですよ、楽になれますから」と
また言われたのでおもわず「そんな泣けませんよ」と怒りの気持ちが込み上げ
ながら言い返すと「どうして泣けないんですか?」
「だって東北の被災された方々に比べれば私なんて」
「あなたもでしょ?」
「あなたも『被災者』なんですよ」
「え?」
「あなたも地震の影響を受けたんですよ。家の片付けをしなくてはいけない
のも、そのせいでホコリを沢山吸い込んでしまったのも、肉体を酷使し、
精神的にも辛く、もしかしたら金銭的にも影響が出るかもしれない。
そして一時的に良くなった喘息が再発してしまったのも原因は『地震』
ではないのですか?でしたらあなたも『被災者』なんですよ。
電車が動かずに会社に泊まったり歩いて帰宅された『帰宅難民』の人も
りっぱな『被災者』なんですよ。」

もう初老のお医者さんが私に点滴の針を刺しながら諭すように語りかけて
下さるんです。

「確かに東北の方は言葉では言い尽くせないくらい過酷な状況にあることは
私などが改めて言わなくてもいいことです。
でもね試しにね
『ああ、地震怖かったな、家の中がメチャメチャになって大変だな、
片付けが大変だな、また喘息になっちゃって大変だな」
と自分を『哀れむ』のではなくて、事実を確認して大変だったねと
自分を『労って』あげて下さい。そうするとね自然と楽に呼吸が
出きるようになりますよ」

その言葉を聞いた瞬間ボロボロと涙がこぼれてしまいました。

「点滴が終わるまでここを使っていいですからね、あ、このティッシュは
薬屋さんのサービスなんでたっぷり使っていいですから」
と言い残してお医者さんがその場を立ち去ってから心いくまで声を出して
泣いてしまいました。あんな風に子どもみたいに泣いてしまったのは何年ぶり
でしょうか。自分でもビックリです。

怖かったんだな、不安だったんだな、
痛かったんだな、イヤだったんだな、辛かったんだな
それを認めてしまう事が何かに負けてしまう気がして
いたから今まで泣けなかったんだな

泣くだけ泣いたらすっごく楽になり自分でもビックリです。
お医者さんも「来た時よりもいい顔してる」と笑顔で言ってくださりました。

なんか喘息の治療に行ったはずなのにヒーリング効果抜群でした。

あ、美冬さま
コメントが無駄に長くしかも二重投稿になってしまったので
削除してくださいませ。
余計なお手数をかけてしまい申し訳ありません。


>nanakoさん

向井くんはもう「貸切り」ですから。ええ、写真集2冊分ですから(笑)。
nanakoさんはとりあえず健くんで我慢しておいて下さい。
「あの人(←私のこと)不憫だねー」とか笑い合っていて下さい。

suikaさん

お気づかい、ありがとうございます。
こうして、お声をかけていただくと、元気が出ます。

本当に、全く初めての経験ばかりで、呆然としっぱなしでした。
随分と長く揺れて、、しまいには船酔いみたいな感じになりました。


テレビやネットで地震当日の状況を見るにつけ、自分は随分と幸運だったと思いますが、それでも、この2日間はボーッとして過ごしてしまいました。
スーパーやコンビニに行くと、少しずつ品不足が始まっていますし、この先の自衛策もしっかり考えねば…と思います。

nanakoさん

ご自身も大変な思いをされ、またお疲れのところ、お気づかいありがとうございます。
ご心配おかけいたしましたが、御蔭さまで無事に帰宅できました。
東京駅の人・人・人は驚きでしたが、結果、かなり幸運な経路をたどって帰れたようです。

明日からの輪番停電で、交通や生活全般に大影響が出そうですし、余震のこともあるしで、不安が続きますが、踏ん張りどころですね。


>>脳内で鷲津に指示されて、鷲津にねぎらわれてることにしてがんばります。あ、鷲津は美冬さんのところで忙しいから私は向井くんにしておきましょうか・・・(相変わらずおバカ)


おほほ、鷲津は、ありがたく頂戴(えっ)いたします。
でも、鷲津は鷲津LOVEの人々みんなに
「無理じゃない、やれっ!」
と指示してくれると思います。
そして、それぞれが「私だけの鷲津…」と思っておけばいいのですよね。
向井くんのことは、nanakoさんにお任せいたします。(笑)

お声をかけていただき、元気が出ました。
ありがとうございます。happy01

>

むぎこがしさん

改めてのお返事です。
ご自身が心身に痛みを感じられていらしたのにも関わらず、お気づかいいただき、本当にありがとうございます。


もの凄い揺れでしたよね。
偶然にも、私はビル内でも(たぶん)最も安全な場所にいたらしいので、長くぐらぐら揺れて怖いとか気持ち悪い、というのはありましたが、結果としては幸運でした。
オフィスの後片付けも、量は膨大ですが、書籍、バインダー類など、軽いものが床を埋め尽くしているので、それを他部署の殿方たちにお手伝いしてもらって戻す作業が中心で、後は私たち担当者が分類順に直す手順なので、なんとかなりますし…。


>>勇者・鷲津が美冬姫を「無理じゃない。やれ!やるんだ!!」と叱咤激励して
何とかしてくれると思います。


鷲津に言われれば、「お引き受けしまょう。」ですね。(笑)


>>我が家は冷蔵庫がマイケル並みにダンスし、電子レンジが床にダイブして


現実とは思えないような光景ですね…。
マイケルのように軽いならいいんですけど(すみません)、冷蔵庫や電子レンジが動くなんて、ただ呆然としているしかないですね。
どんなに不安でいらしかと、お察しするに余りあるものがあります。
それにしても、お怪我が無くて本当によろしゅうございました。
でも、そんなに重いものが倒れたり落ちたりして、後片付けのほうは大丈夫でしょうか。
鷲津は書類より重いものは持たないだろうし、向井君はマッチョ系ではないし、堺さんは華奢だし…3人ともお手伝いしてもらうには、ちょっと…(笑)


病院でのお話には、なるほど、と思いました。
良いお医者様に診ていただけましたね。
こういうお医者様が、真のお医者様だと思います。
自分の痛みを自分で認めたり、他者に理解してもらうことが、どんなに心身にかかる負荷を取り除くものか、改めてわかりました。
むぎこがしさんのご負担が、一日も早く軽くなりますことを、蔭ながらお祈りしております。
ご所蔵の向井くんに、うんと甘えてくださいませ。


美冬さん、ご無事でよかったです。こちらの記事はすぐ読んでたんですが、地震が一息ついたら(←あんま、ついてない気もするが)、今度は「計画停電」キターーーッΣ(゚д゚;)ってわけで、いつ停電するかとヒヤヒヤもので、コメントするのがちょっと遅れました。
とりあえず、うちの地域は今日予定されてた時間はもう過ぎちゃったんで、今日は停電はないと思います。でもこれも、いつまで続くのか(はぁ)
家族がPC使いたいというんで、また改めてコメントしますね。
では~

ぶるーさん

ご自身も落ち着かない状況下でいらっしゃるのに、お気づかいありがとうございます。
コメントを頂戴して、元気がでました。rock


11日は本当に大変でしたよね。
ぶるーさんもご家族も、ご無事で良かったです。

我が家のある地域も計画停電の対象に入っているので、寝る前と早朝に、停電の情報をチェックして停電の準備して、を繰り返しています。
長期戦になりそうですが、元気を出していきたいです。

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