『龍馬伝』黒半平太推進委員会

2010-07-18

再びの『龍馬伝』第28回で毒の吐きおさめ?

11日に観た『龍馬伝』が、よーわからんぜよー、なことだらけだったため、気持ちの整理がつかないままになっていた。
すっきりしたいので、 辛いけれど、もう一回観て腑に落ちるようにしたいと思ったし、可能ならば、短めに追加の感想を記事にして毒を吐き終わりにしたいとも思っていた。
(毒を吐くこと前提ってのも、どうかと思うけど…sweat02)
しかし、今週は、仕事のほうで珍しく(?)考える力とか集中力を使い果たしてしまい、帰宅しても録画を観る時間も気力も足りなかった。
堺さんの主演ドラマも観なきゃなんないし。(義務ではない、愛です。)

そうこうしているうちに、もう土曜日だよーー!
朝からあちこち出かけて用事を済ませ、午後一時過ぎに地元の家電量販店へ。
ヘッドがイカレてしまった掃除機を買い替えるという中規模事業(笑)だ。
現地で夫と落ち合うことにしていたのだが、少し早く着いたので店内のテレビ売り場でブラブラしていると、なんと『龍馬伝』の再放送が始まったじゃあーりませんか!
超大型テレビの前に仁王立ちになって余計なことを色々してくれている龍馬くんを睨みつけていると、店員さんが「こちら、お買い得でございますよ。」と言いながら横から近寄ってきた。
だが、龍馬に向けていた目をそのまま彼に向けてしまったため、彼は小さな声で「何かございましたら、お声をかけてください…」とつぶやきながら後退していった。

そんなわけで、無事に掃除機をゲットして、帰宅するとすぐに録画してあった第28回を観たのであった。

私は超×3回くらいの雑な人間だ。
決して謙遜などではなくて、自他ともに認める真実である。
なので、ドラマを何回も観て感想書くなんていう真面目なことは、決してしない。
そんなアバウト上等!な私が、珍しいことに、一回観たドラマをまた観ようという気持ちになったのは、なんでああなったのか良く理解できずに入り込めなかったのだから、理解できて納得できれば感情移入して観られるのかな?と思ったからだ。

で、もう一度みて、どうだったかというと。

やっぱり、わからん。
腑に落ちてこない。
なんで、こうなるの。

……ではあるが。
前記事を書いた時は、怒り疲れたり、がっかりしたり、そして武市半平太の最期に没入できなかった自分の冷血さが、祖母としては悲しくもあった。
なので、良かったところを前面に出して書いてみよう。

容堂と武市の牢内対面シーン。
容堂の目的が何かは私には結局、不明なままだが(アル中の爺さんが愚痴を言いに来たのか?)、二人の場面は緊迫していて見ごたえがあったのは確かだ。
近藤さんも大森さんも、互いの出方を、全神経を張り詰めて感応しあいながら演じている感じだった。
濃密なお芝居により、理性がねじ伏せらてしまい、なぜ、その自白しちゃうの?以蔵や他の勤皇党員はなんのために拷問に耐えてきた?という疑問や怒りが薄まるのがすごい。
この後の武市、弥太郎、龍馬の別れのシーンもそうなのだが、役者の名演熱演に、脚本のボロが見えにくくなっていた。
役者の力ってすごいぜよ。

半平太の最期を聞き、手紙を読んだ富さんが本当に素晴らしかった。
決して泣き崩れたりせず、夫の分まで生きると静かに語る
凛とした姿。
だから、半平太からの手紙も、あれほど甘いものではなく、立派なサムライの妻として毅然として生きていって欲しい、というような一文が入っていて欲しかった。
いまどきの愛情表現と同じにする必要はなかったんじゃないかな。
このことに限らず、この脚本は、あらゆることを現代的価値観のもとで、単純明快に、表層的に描こうとする。
そうしないと、視聴者にはウケないのだと思っているからだろう。
物語とそこに生きる人物の深みは、舞台の時代の空気や、複雑さや陰影に富んだ人物造形から生まれると思うのだが。
視聴者のリテラシーを、もう少し信用して欲しいものだ。

武市半平太の切腹シーン。
武市が白い裃姿で牢から出ていくところに始まり、大森さんの所作がすべて綺麗で惚れ惚れした。
何よりも私が心をつかまれたのは、切腹直前の諦観に満ちたような目の表情。
ドキッとさせられた。
白い装束に紅が広がって、土砂降りの雨が半平太を濡らす。
大友さん渾身の場面だろう。
ここだけ切り取って観れば、サムライとしての誇りを貫けた美しいシーンだったと思う。

だけど、やはり、切腹こに至る経緯かどうしても飲み込めない強情な私であった。
武市が勤皇党を結党した動機の中には、表看板の攘夷の裏に、下士という身分を撤廃したいという思いもあったのだと私は想像していた。
なので、容堂が牢に現れて自分と同じ地べたに座って「長宗我部の者でなければ可愛いがっていたのに」みたいなことを言われて感激しているのを観て、「えっ、それはちゃいますがな!」と突っ込んでしまった。
結局、容堂と半平太の思いは交ることがなかった、という意味しかあのセリフからは汲み取れなかった私は、頭が固すぎるのだろうか。
あんなことを言われたら、あそこで半平太は、自分の思いが通じなかった無念に静かに怒りを燃やし落涙でもするのかと思ったんだが。
あれだけ「大殿様と会わせてつかあさい!」と言っていたのだから、あり得なくたって、最期に直接対決(?)があったっていいんですよ、別に。
ていうか、会うんだろうなー、とは思ってた。
だけど、信念を曲げられない半平太さんは、会って決裂するんだろうと勝手に想像していた。
史実より以蔵と武市の関係をキレイに見せるために、あれだけ自分の正義と信念を貫き続けた武市が、大殿さまに認められたからって、自白ってさあ……それはないよなぁ…。
どんなにヘタレに描かれようとも、彼の信念、彼が信じる正義はブレていないのだと思って応援してきた私には、あまりにもショッキングだった。
今まで半平太が表現してきた大殿さまheart01は、あくまでも土佐の象徴としてとの容堂への愛だと解釈していたのだけど、まさか生身の容堂にあんなにメロメロとは(泣)。
武市先生は、最愛の(!)大殿さまに「良い家臣」と認められるために、勤皇党の活動をしてきたわけじゃなかっはずでしょぅ?
容堂は決して、土佐勤皇党を認めたのではないと思うんだけどなー。


「伝わらない愛情もあります。」 (by 鷲津政彦)

ということを思い知らされた半平太の無念と、蔑まれてきた下士であっても誰よりも立派な武士であるという矜持を見せつける意味での、三文字の切腹だったと、私は思っているので、やっぱり納得いかんせよ。

色々と毒を吐いたけれど、武市半平太を演じた大森南朋さんの素晴らしいお芝居は、本当に心に残るものであった。
半平太のいない『龍馬伝』に対しては、正直なところ今までよりも熱意が冷めてしまっているが、異常にカッコイイ高杉晋作は気になるし、かつては熱烈な半平太信者だったのに影も形もなかった中岡慎太郎が、どのように突然登場するのかも気になるところだ。


第3部は、気楽に観ていきたい。
感想も、たまーに書くかもね。

2010-07-17

朝日新聞 土曜版「be」7月17日に大友さん登場

時間が無いので、とりあえず速報(?)。
午後に追記できるかもしれませんが…。 (←できませんでした…)
(
朝日新聞の土曜版『be』の「フロントランナー」に、『ハゲタカ』や『龍馬伝』など担当されているNHKディレクター大友啓史さんのインタビューが掲載されています。
大河ドラマに対する姿勢や、福山さんのことなど語っておられます。

朝日新聞を購読していらっしゃる方は既に目にされていることと思いますが、ちょっこしうれしかったので、取り急ぎ投稿しました。

残念ながら、「be」の記事は、著作権の関係からなのか、朝日新聞のサイトには掲載されないようですが、新聞社はとくに著作権に厳しいので、自分で記事の写真を撮って載せることは、控えます。

訓覇さんのコメントも載っていて、大友さんは「思考の筋肉が強い」のだそう。
そして、「しゃべるのが好きだから、しゃべりすぎて誤解されるのが不安」というコメントに、ニヤリとしました。

取り急ぎ、ご報告~~

2010-07-12

『龍馬伝』第28回「武市の夢」~だったら、そうなんでしょう。

「この時から龍馬は、あの坂本龍馬になっていったがぜよ。」(by 岩崎弥太郎)

「だったら、そうなんでしょう。」 ( by  鷲津政彦)


確認する気力が無いので、うろ覚えの記憶で申し訳ないが、『龍馬伝』が始まる前の宣伝スポットで武市半平太に与えられたキャッチフレーズは
悲運の革命家(または革命児?)
だった。

今夜の第28回、第2部最終回を観て、私の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
放送日が参議院選挙の日だとか、サッカーのワールドカップ決勝(現地時間で)だとか、大相撲名古屋場所初日だとか、そういう注目されるイベントと日にちが被るから、だけではない。
『龍馬伝』での武市半平太の最期、いや、最期に至る経緯があれでは、あまりに酷い、酷すぎる、という思いからだ。


『新選組!』での山南さん(堺雅人さん)の切腹の時のような、全国のファンから助命嘆願がNHKに送られるというような「えー?」な現象も起きず、武市半平太は逝った。

武市の最期の日の様子は、牢番への感謝の言葉や三文字の切腹など、恐らく記録に残っている半平太の姿に近づけて描かれていたのだろうと思う。
武市半平太殿は、立派にお腹を召された。
毅然とした、そして凄絶な、武士らしい姿であった。
そして、最後まで愛妻・富さんのことを大切に思い続けていた。
サムライ半平太としては、ちょっとスウィートすぎる手紙だったが、まあ、これくらい我慢しよう。(偉そう)
目頭はジワッと熱くなったけれど、山南さんの時にのように、感情が内側から津波のように高まって押し寄せてきてしまって滂沱の涙を流してしまうような、みっともないことにはならなかった。

山南さんに対する気持ちと武市に対する気持ちが、恋する乙女(ツッコミはなしでよろしく)と祖母兼ウオッチャーとして、という大きな違いはある。
しかし、私の気持ちを冷めさせたのは、なんといっても前回であきれ返ったところに追い討ちをかける今回のアレでナニな仕打ちの数々。
もう、怒る気力もない。
ただ、茫然自失、脱力している状態だ。

番組HPや『ウィークリーステラ』を見て、たいそうイヤーな予感はしていたのではあるが、゛まさかあそこまで龍馬を持ち上げるエピソードにされるとは。
そして、切腹に至る展開が、全く納得できない。
史実通りでなくてはいけないとは言わないが、経過があれで、最期だけ立派に仕上げても、納得できんぜよ。
大殿様との対話も、龍馬と弥太郎との対話も、頭を抱えてしまった。
とにかく、武市半平太が言ってはいけないセリフが出るわ出るわ。
もう、私の半年を返して!状態だ。
・・・・・・、ある意味、本当に龍馬が起した奇跡ぜよ。


そして、脚本家先生が、「武士道」と武市が勤皇党を結党した動機を、恐ろしく誤解しているか、あえて無視しているらしいせいで、半平太の侍のとしての尊厳が最期でまた崩されてしまった気がする。
武市半平太が、吉田東洋暗殺を自白、それも大殿さまが牢屋にフラリと現れて地面に座って、自分を褒めてくれたから自白???

「ふざけるなあっっっ!!!」 (by 鷲津雅彦)


あー、私も久しぶりに、新渡戸稲造の「武士道」を読みたくなりました。
『武市半平太伝』と一緒に買うつもりだ。
読書意欲を高めてくれたフクダ先生に感謝ぜよ。


せっかく、武市半平太という複雑で陰影に富んだ人物を、物語前半の中心人物として取り上げたはずなのに、結局は、武市の勤皇党盟主としての働きと社会的歴史的意義は殆ど描かれなかったし、人間的に弱い面ばかりを描く時間が多すぎて、人間が誰しももつ光と影のバランスが悪い印象が残り、彼の複雑な内面が表されなかったまま終わってしまったのが残念。
それでも、武市半平太に心を寄せて観続けられたのは、大森南朋さんの、時に熱く、時に繊細な、素晴らしい演技が゛あったからだ。
同じく、今回でラストだった、以蔵役の佐藤健さんも、本当に素晴らしかった。
以蔵が最期に思い浮かべたのが、なつとの時間であったのは、せめてもの救いだった。
お二人には、心からの賛辞を贈りたい。


気持ちが萎え気味なので、このまま日が経つと何も書かずに終わりそうで、とりあえず、粗しぼり感想もどきをアップしてみた。
少し冷静になれたら、加筆・修正したものを投稿し直すかもしれない。

2010-07-10

久々の『篤姫』で、『龍馬伝』を思うのはいけないことでしょうか!?

昨夜は、夫が珍しく接待で帰りが遅かった。
そこで、一人で夕食を撮りながら、『ゲゲゲの女房』を観て和んだ後、録画番組のうち、観終わったものをHDDから消去する作業をした。

タイトルを一つずつ確認していると、『篤姫』が録画されていた。
うちのBraviaさんに、堺雅人さんが出演されている番組を録画するように頼んであるので(笑)、ハイビジョンでアンコール放送中の『篤姫』も勝手に録画してくれているのだ。

『篤姫』は本放送の時には、最初のほうは、堺さん御登場のパート以外は流して観ているような状態であった。
そして、篤姫が将軍の御台所になった後は、家定様がお隠れになるまでは毎回みていたが、後はフェイドアウト。
要するに、あまりちゃんと観ていなかったのだが、それまでの大河ドラマでは考えたこともなかったことを意識させられた大河ドラマでもあった。
それは、演出するディレクターの個性が出るものなのだ、ということ。
観ている間は特に調べなかったが、放送終了後に、妙にひっかかる回、他の回とは明らかに違う次元の意識で撮られている回が幾つかあったので、気になって調べたら、それら全てが堀切園Dの担当回だったのだ。
堀切園さんにとっては、天璋院様の逆鱗に触れるという受難もあり、思い出したくない作品かもしれないが、私は大河で「ザラッと来る」(by 「少年ランド」編集者・豊川/ゲゲゲの女房)経験をしたのは、堀切園さん担当回が初めてだったのだ。

そして、昨年6月に映画→ドラマで『ハケダカ』にハマッた私は、ドラマ『ハゲタカ』の第4~5回を演出されたのが堀切園さんだと知り、ちょっと驚いたりもした。
こんなところからも、自分が『ハゲタカ』にハマるべくしてハマったのだと運命を感じたものだ。(おいおい)
ちなみに、鷲津政彦の元雇用主・クラリスの先祖が薩摩に来航して追い返され、憤怒の余り、「日本を買い叩け!」という遺言を子孫に遺した……というのは真っ赤なウツだ。(爆)


話がそれたが、そんな『篤姫』の再放送、もちろん、今までの回も録画されていたが、すっ飛ばして、堺さんがご登場されている場面だけ観て、即、捨てていた。
それが、昨夜はどうしたことか、「久々に観てみるか…」と通常速度で再生した。
第14話「父の願い」。
担当Dは佐藤チーフD。
堀切園さんの回でないので、古新聞・古雑誌を片付けたりしながら、緩めの意識で観ていて、堺さんが登場されたらリフレイしようか…といういい加減な態度であった。(すみません。)
主な話は、薩摩藩江戸上屋敷で、将軍への輿入れの話が進むのを待ちながら、老女・幾島以外は味方のいないような心細い思いをしていた篤姫に、江戸に来た養父・島津斉彬が実父が亡くなったことを告げる…というもの。
流してみていたが、全体的には、それなりに面白く、また、実父に関するエピは目頭が熱くなったりもした。
もちろん、堺さんの奇矯で奥底が不明な上様ぶりを、喜んで観ていたのだが。


で、久々に『篤姫』を観て、改めて思ったことが幾つかあった。

eye 全体にま~ったり、お~っとりと、進む
eye 女優さんだらけ
eye 女優さんが皆バッチリメイクで、衣裳が煌びやか
eye 薩摩人でも、身分が高い人は標準語
eye 薩摩の下級武士は、コーンスターチをまぶれさていない
eye 大御所たちの演技が、全員、“大きい”“暑い”芝居で濃厚
eye 絵がやや平板?


てなところだろうか。
他にもあった気がするが、流して観ていたので忘れた。sweat02

同時代のお話である『龍馬伝』のことを思い出しつつ、自然と比較するような視線で観ていたかもしれない。
お姫様が主人公で、主な舞台は城や藩邸の奥なのだから、当然なことばかりだけど、『龍馬伝』を毎週視聴している目で観ると、こうも違うものかと驚嘆する。
決して、『篤姫』が良くない、と言っているのではない。
このテーマ、このストーリーとしては、当然の王道な描き方だ。

つまり、『龍馬伝』がそれだけ、様々なチャレンジをしている新しい大河を目指している作品だ、ということなのだ。
特に、映像、美術、人物デザイン、音楽、SE…を含む一部演出については、斬新な切り口で、意識も技術も、かなりの高レベルのプロたちによって創り上げられていることに、毎回うならされる。

だが、今回、『篤姫』を久しぶりに観にて、最も『龍馬伝』との違いを感じたのが、女優さんのメイクのことだ。
『龍馬伝』をご覧の方々は御承知のとおり、横浜や祇園の芸妓以外、女性達は、ほとんどノーメイクで出演していらっしゃる。
土佐の屋外シーンでは、『龍馬伝』で最も目立っている出演者(者?)と言われるコーンスターチが、たっぷりとまぶされる。
もちろん、女優さんたちはスッピンでも本当に美しいし、観る側も、すっかり慣れてしまったのだが、改めて、女優さんたちにとっても、この作品は大きなチャレンジなのだと気づいた次第である。


最後に小ネタ的なことを。
『篤姫』をゆるーく観ていたので、ついつい邪念が入りまくってしまった。

大久保が、2年後に、あんなにクールでカッコイイ近藤さんになるとは…やはり、『龍馬伝』のキャスティングと人物デザインは神がかっている。

小松帯刀(この時点では未だ肝付尚五郎)を演じている瑛太さんは、やっぱり良い感じだ。
だけど、他作品ではフェミニンすぎて、私には全くピンと来ないんだなぁ。
不思議なものだ。


名君・島津斉彬を重厚に演じておられる高橋英樹さんを観て、『竜馬がいく』では武市半平太だったのか~と気持ちが逸れてしまった私。
(関連記事はこちら )
高橋英樹さんもそうだが、かつて武市半平太役は、やや昔風な濃い目のハンサムさんが演じることが多かったみたいだ。
ちなみに、その時の竜馬は、来年は家康として水木しげる先生の父上になられる白い犬なお父さんで、『篤姫』たでは勝海舟でしたよ。(←混同しすぎ)

そのほか、幾島を見ては「こみち書房」のことを思い出し、小松先生を見れば「セクスィー部長」を思い出す(沢村さんも武市役を経験しておられるとのこと)…という邪道すぎる視聴者な私であった。

ともかく、こうして『龍馬伝』の自分にとっての大きな区切りである第28話を待つ不安を紛らわせて、金曜の夜のひとときを過ごしていたのであった。

2010-07-06

『龍馬伝』第27回「龍馬の大芝居」~容疑者Sの献身?

いつからか、私の心にしばしば浮かぶ標語。
それが

ストップ・ザ・サカモト!

えーー、ザ・サカモトって何?間違っちゅうー、とかいうツッコミは無しでよろしくね。
ほら、「ストップ・ザ・温暖化」とか、「ストップ・ザ・飲酒運転」とか、あの手の標語の仲間と思ってくだされ。(爆)
武市半平太(以蔵もだ)ラストまで2回、という大切な回なのに、不安を煽る、サブタイトル「龍馬の大芝居」ってなんじゃー!。
以前の記事で、福山さんが特技を駆使するのか?と予想したのだが(「龍馬の大芝居って、こーゆーこと?」)、残念ながら違ったようだ。(あたり前)

そして、あの内容。
そりゃー、“ストップ・ザ・サカモト!”と叫びたくもなるってもんです。
龍馬は心優しい友達思いの三十路かもしれんが、余計なことばかりしてる気がするのは、私だけ?


ある時は武市半平太の祖母目線で、またある時は黒半平太(黒マフラーのアレの事じゃないですよ)推進委員として、 『龍馬伝』における武市半平太をハラハラしながら見守ってきた武市ウオッチャーの一人としては、もうここまで来たら、ただひたすらに静かに、半平太が己を貫いて誇りある生き様を全うできるようにしてあげて欲しい、ということだけを願うのみであるが……。

なので、前回の感想で、いったん、半平太の描き方への不満をある程度は排出してしまい、静かにラストを迎える準備をしておいたつもりだった。
幸い、大友さん担当回ということで、心配の種も少なそうだし…。 (観るまではそう思っていた…)
前回ラストの予告で、ほぼ完全に創作エピソード回で、破天荒な展開らしいと予測できたことでもあり、とにかく今回は1話完結のお話として、割り切って楽しもう、孫への愛(笑)由来とはいえ、見苦しいツッコミは控えよう…と決心してテレビの前に座った45分間であった。

だが、やはり、全てを飲み込めるほど私は器が大きくなかったのである。
今更なにを言っても遅いが、ちょっこし言わねば。
物言わぬは腹ふくるるわざなり、である。(苦笑)

選挙日程絡みで第2部を1回増やしたという噂だが、ならば、今まで放置していた武市半平太をじっくり描いて欲しかった。
龍馬に余計なことをさせんでよろし。
龍馬が大切な人たちに迷惑をかけて演じた“大芝居”でも、結局、武市の運命も以蔵の運命も変わらない。
もしかして悪化するのかもしれない。
そしたら、龍馬の株も下るのではないのかなぁ。
誰も得しないエピソードだったように思ってしまった。

CPと脚本家先生は、いったい、どう収拾をつけるつもりなのだろうか…あー次回が怖い、怖くて観られないかも…(涙)

それにしても、第27回なのに、武市先生ほんとうに放置されっばなし。
ラスト回に、武市エピをギュウギュウに詰め込む魂胆かもしれんが、それじゃ観てるほうが置いてきぼりだ。
今更ではあるが、脚本家先生お得意の月9かなんだかみたいな現代的な、それも薄いセリフで強引な話を説明されるので、もうどんどん心が離れていってしまうのだ。
大河ならではのスケール感とか、史実と創作をつなぐ、少し力技でも秀逸な展開とか、そういうものに「おっ、やりおったな。」とニヤリとさせられたいのに、なんだろうか、この勿体無さ満杯の気分。
本当に良い役者さんとスタッフを揃えているというので尚更だ。


龍馬が土佐で後藤をひっくり返さなくても、友情や武市の志と夢を尊んで自分がそれを受け継ぐ、という着地はできるし、そのほうが、よっぽど感動的で爽やかになると思うのだが…間違ってるかしらん。

まあ、これ以上、この回を差し挟んだ意義とか、ここまで来て半平太放置ってどうよ、とか、大殿様が龍馬以上にトンデモなことしでかしたりしそうな匂いとか、…愚痴っても仕方ないので、このへんで終わりにしておく。
まだまだ疑問を呈したいところはある。
だけんど、我慢我慢。

でもね。
『新選組!』の山南さん切腹の時みたいに、もっと前の回から本人と関係者の気持ちや周囲の事情とかをしっかりと描いて、登場人物たちと視聴者の思いを「その時」に向かって自然に盛り上げつつ、一点に収れんさせていく、というオーソドックスな手法の選択肢だってあったと思う。
そのほうが、登場人物の心情に視聴者が寄り添っていけて、逝ってしまう人の姿を目と心に焼きつけようと真摯に見守ることができると思うのだ。
ドラマの中であろうと、逝く人の心を無視した、その人の最後の描き方には、私は納得できないし、したくない。
次回のスートリーが、そうでないことを祈っているが…。


さて、長々とグチってしまったので、簡単に、今回の感想。

割り切って、1話完結のエピソードとしては、大友さん担当だけあって映像も締まって美しかったし、スピード感もあったし、楽しい要素ももあって、全体的には、ちゃんと面白くみられた。
ただ、終始、前述のようなことをモヤモヤと考えてしまい、没入して純粋に楽しむことは難しかった。
まだまだドラマ視聴者としての修行が足りない。(笑)



嬉しかった事2つ。
その1
珍しく、「紀行」に行った事がある場所が取り上げられた。
旧多摩聖跡記念館も護国寺も、散策の途中で何度か立ち寄ったことがある場所だ。
以前、調布に住んでいたので京王線沿線の多摩市の散策コースをあちこち歩いたし、護国寺は私のお気に入りスポット雑司が谷の近くなので、足を延ばす事があるのだ。
単に、散歩のコースにあった、というだけで特別に土佐勤皇党や田中光顕に興味があったわけでもなかったのだが。
で、今も特に思いいれがあるわけでもないが(冷たいなー)、ちっくと嬉しかった。

その2.
ピエール溝渕が人々に登場したこと。
やはり、この人の独特の空気感、私は好きだなー。
なんたって、鞍馬天狗みたいな黒頭巾で登場ですよ。
予告で、鞍馬天狗モドキを観た時には、龍馬が、あの格好で土佐に潜入するのかも?まさかね…。
とか、少しだけハラハラしていたのだが。
考えてみれば、今の龍馬伝キャストでアレができるのは滝さんだけよね。ナイス鞍馬天狗。(笑)
溝渕の人物設定そのものは、ザックリ言えば、マジメだけど融通が利くところがある大人。
でも、お人好しで、龍馬に頼まれると断れない(笑)…ってところだろう。
で、そこにピエール滝特有の人を喰ったようなところや、良い感じに力が抜けているところとか、適当なところも含めての懐の深さとか…が加わるので、特別な味がでるんだなー。
龍馬も土佐の人々も絶望的に煮詰まってしまい、弥太郎の爆発力をもってしてもどうしようもなく沈鬱で停滞してしまっっている状況を打破して、次のステージに話を運ぶには、ピエール溝渕の脱力系突破力(矛盾した表現だけど…)で強引に進めるしかない!って感じで脚本が利用したくなるのも理解できる。
だけと、今回はずいぶんとムチャさせれられましよ、溝渕さん。
関所、どうやって通したのかしら。
ま、御都合主義へのツッコミは空しいので、スルーしときますが。(笑)
長崎でも龍馬に利用される…いや、頼りにされるとのことなので、第3部で脱藩後も、溝渕さん登場回は観ようかな。


そのほかに、印象に残ったこと。

絶縁状?
本当にそんなもので、容疑者サカモトの家族は罪に連座させられないのか?
龍馬に限っては、脱藩も殺人容疑もライトに描かれるているぞ。

大好きな坂本家のお食事シーン全員ver.。やっぱり和む。

長次郎さん夫妻に可愛いい赤ちゃんが誕生していた。
赤ちゃんと初対面みたいだったから、長次郎さんは殆ど神戸から大阪に戻ってきてなかったようだね。
新幹線通勤かと思うくらいに頻繁に京都と往復していた龍馬とは対照的。
ちっくと調べたら、息子さんの名前、百太郎くんなのかー。
霊力強そうだ。(違)

ダメモトで龍馬に手紙を書きながら叫ぶ弥太郎。
娘が起きるだろうが!
それを読んだ龍馬も、やたらと咆哮してたし。
もぉー、二人とも、赤ちゃんが起きちゃうじゃないのー!
ってのは置いといて…。
弥太郎が手紙を書いた事等は優しさからの行動と説明されているが、今まで彼が見せなかった弱さ、でもある。
意地悪な言い方をすれば、自分の苦痛を減らしたいからとか、卑怯だとも言える。
それでも、観ている側が彼の人間くささや愛らしさとして受け入れられるのは、この人が一番筋を通して描かれてきて、観る側の心に完全に入り込んでしまっているからだ。
もちろん、香川さんの力が大きいが、弥太郎は脚本家はじめ制作陣すべてのイメージが統一されて愛されてもいる、ということを改めて感じる。


以蔵が後藤にみせた不敵な笑み。
前回も書いたが、彼はボーダーラインを超えてしまって、もう彼岸の境地に近いんじゃないか。
失うものも畏れるものもない。
この精神状態を繊細に表現する佐藤健くん、君はやはり凄い。



富さんが板の間で寝ているエピソード、ここで入れてきた。
投獄後の武市夫妻のエピソードは、史実そのままで心を打つのだから、他のエピソードも、うまく入れて欲しかった。


武市さんか獄中で描いていた絵。
あれは有名な獄中自画像だろうか。
次回、登場?
あの絵は、どんな苦境にあっても、妻への労わりもセルフツッコミする冷静さも保ち続ける悠揚迫らぬ武市半平太の大物ぶりを示す、とても素敵な絵なので、最後にムリに押し込んで欲しくないのに…。
ちゃんと活かしてくれていることを切に望む。

と、こんなところだろうか。
書けていないパートも多々あるし、全然まとまらないのだが、思い出すほどに、次回への不安tが膨らんでしまうので、強引にこの状態でアップしてしまう。
ここまで読んでくださった奇特な方がいらしたら、(いつものとことではあるが)読みにくくて、ごめんなさいね。


なお、次回「武市の夢」の総合での放送時間は19時10分~です。
総合でご覧の皆様、お忘れなきよう。

2010-06-28

『龍馬伝』第26回「西郷吉之助」~薄いでごわす。

……薄い。
薄いでごわす。

いえ、別に西郷どん役の俳優さんの頭髪のことじゃないですよ。
なーんか、この回の印象が、ね。
この1週間近く、私の頭の中が『ハゲタカ』で占められていたから、というだけではないと思う。
前回は、蛤御門の変という歴史的事件と主人公の進路に大きく関わる海軍操練所閉所があり…で、今回はその余談とか後日談?みたいな感じだった。
進展が無いけれど、第2部最終話で大きく跳躍するために、ぐっと身を屈めているという印象は受けず、つなぎの回のように思えた。
だけど、こういう回のスパイスになっていた容堂公は、すっかり恐ろしい威圧感が消滅して、病んじゃってるし。(涙)

ただし、土佐にいる人々の絶望的な苦悩と、そこからの救いを希ってギリギリのラインで自分と闘うさまを表現した凄い芝居は、鮮烈に心に残った。
もう、圧倒されっぱなし。
特に、以蔵。
弥太郎の態度から、饅頭に毒が入っていることに気づきながらも、それが武市先生の情なのだと理解して口にしたかったのに叶わず、自分では舌を噛み切る力が残っていない、と呟く一連の場面は凄かった。
セリフも動きも最小の中での佐藤健さんの繊細な演技に、以蔵が肉体的・精神的苦痛が頂点を超えてしまった後に、彼に訪れている心の静けさ、みたいなものを感じさせられて、一瞬、ゾクッとした。
もしかして。
この子は天才よ!ですか?月影センセイ!


武市から託された毒饅頭を自宅に持ち帰った弥太郎。
無用心だなぁ…。
その饅頭をめぐる岩崎家らしい騒動があった後、毒饅頭を託された事情を家族にぶちまけ惑乱する息子に、武市と以蔵を苦しみから救ってやれと諭す弥次郎の迫力に、家族が息を呑む。
蟹江さん、やっぱりいいな。
一瞬で、御自分がまとう空気も、場の空気も変えてしまったようだった。お見事。
落ちぶれてても、ごくつぶしでも、突然に(笑)侍の誇りを失っていない弥次郎に戻って、武市たちの痛みを共感しているのが伝わった。
父の言葉に突き動かされた弥太郎が、以蔵に毒饅頭を手を震わせながら渡し、やっぱり自分にはできない!と奪い取ってしまうまでの、逡巡や哀しみや怯えが巡る表情と動きも、これまた息を呑んだ。
弥太郎は、巻き込まれてしまった形ではあれど、もう傍観者ではいられなくなったのだが、自分が他者の運命を変える覚悟なんて、もちろん出来ていない。
こうして、自分の中を覗き込んでしまった弥太郎の恐怖が、香川さんの凄絶な表情に出ていて、このシーンの香川さんと佐藤さんのお芝居は、本当に鳥肌もんでした。


前回は取り乱しモードだった武市先生。
和助から以蔵が生きていることを聞いた後の複雑なリアクション。
早く楽にしてやりたいという気持ちと、ホッとした気持ちがない交ぜになっているのだろう。
そして、今回は、ややマイルドSだった後藤様の取調べには、またまた「大殿様に会わせてつかあさい!」と絶叫ですよ。
うーーん。
武市先生が投獄されてから切腹まで結構回数があるので、史実どおりではないにせよ、やっと最期になって、彼のカリスマぶりと有能なリーダーぶりを発揮する獄中闘争が繰り広げられるのかと期待してたのに、結局、内向きな行動原理で動いて終わってしまいそうな匂いがプンプンする。
武市さんは自分を崇拝する弟子達に邪魔者たちを次々と暗殺をさせたけど、愛妻家だし弟子にも優しいし、美しいものを愛する繊細な心の持ち主だし、本当は“良い人”だったんですよぉー、みたいな纏め方をされている感じ。
そりゃ、そうですよ、武市さんには、そういう側面もあったし、そこも大きな魅力だ。
だけと、忘れちゃいけないのは、武市半平太が幕末史に名を残したのは坂本龍馬の幼馴染としてじゃない。
龍馬も心酔し傾倒した土佐勤皇党のリーダーであり、藩政を操り朝廷も動かした大物としての働きですよ。
下士のために、土佐のために、日本のために…という外向きの動機で動いてきたこの人を、このドラマでは、結局、ちっこい内向きの動機で行動する独りよがりなダメ大将に描いてしまった場面が多すぎた。
そういう人物の悲劇を描くつもりで割り切って創作して、最初から最後まで筋を通すならまだしも、龍馬のオトモダチに相応しい人にしようとしてなのか、中途半端に史料に残る人物像に近づけた態にしたものだから、ブレブレな印象が残ってしまった。
葛藤や動揺やストレスを表現するのに、不可思議なインフレ演出をした回もあったしさ。(東洋キックとか、黒マフラーとか、過呼吸とか。)
にも関わらず、半平太役・大森南朋さんの熱のこもったお芝居によって、人物像が見事に肉付けされて陰影に富んだ実在感があっただけに、なんとかラストは武市半平太らしい姿を描いて欲しいものだ。

『武市半平太伝』ではないのだから、江戸や京都で武市が他藩の志士達も魅了したことや、土佐では和助のような下士たち(入牢中は、多くの牢番が武市サポーター)から容堂の実弟・山内民部までの広い層に支持者があったことを細かく描け、とまでは言わない。

とはいえ、主人公に合わせたサイズにしてしまおうとして来たが故に、リーダーのとしての大きさが描かれず、結局、最終局面になっても弟子をこれ以上苦しめたくないという、一見すると優しいけれど、実は自分を苦悩から救いたいという身勝手さが隠れているような流れになってしまったのは、やっぱり残念。
この毒饅頭エピの描き方は、武市の行動指針である武士道と反すると思うし。
これって、切腹した侍を介錯するのとは意味が違うでしょ。
…まあ、武市の人物設定を決めた時点で、以蔵との関係も変えなきゃいけないし、毒饅頭の使い方も変えなきゃいけなかったわけで、もう消去法でこの道しか残っていなかったわけだけど…。
脚本的には、毒饅頭エピソードで、武市さんは優しい人で以蔵と強い絆が結ばれている…というフォローをするつもりだったのかもしれないけど、結局、今回の武市さんは以蔵と弥太郎父子に救われた感じだったなぁ…(泣)


えーっと、海軍操練所閉所のエピ、私はドーデモエエガジャーな態度で観てしまった。
勝テツヤ先生が苦手な私は、熱弁をふるう勝のアップが映るたびに内心、「もうテツヤは映さないでいいから、佐藤与之助,先生を映してよ!!」と拳を握り締めていたのだった。
ダメ?


さて、今回初登場、薩摩の傑物・西郷どん。
何しろ国民的スターで、濃いビジュアルイメージのある英雄なので、高橋さん、どうだろうと思ったが、従来イメージよりやや薄い(だから、頭髪じゃなくてイメージよ。)けれど、主人公の薄さに合わせているからちょうどいい感じかも。
それに、笑顔の裏に何かありそうなブラック西郷っぽい感じが出ていて、今後どう人物造形がされていくか期待。
だけど、西郷どんと龍馬との初対面シーンの会話がちょっとなあ。
西郷どんのポッチャリ好きという掴みはOKに始まり、お龍の話を経由して戦はいかんぜよdashオチに持っていくところね。
なんか龍馬、意外と策士じゃーん?と思えるかというと、否、今まで龍馬くんとは比べものにならない修羅場を幾度も乗り越え生き抜いてきた西郷どんには、絶対に魂胆バレバレだったと思うけど。
それで、例によって、「日本人の味方じゃ。」に辿りついたときには、思わず「出た!日本人!」とつっこんだぜよ。
そりゃー、ワールドカップで日本チームが決勝進出して嬉しい気分は、スポーツ音痴の私にだってあるけどさー。
なんだか、脚本が龍馬に言わせている“日本人”て、そういう程度のゆるいレベルの日本人って印象なのだ。
その日本人ってのと、外にも内にも危機に直面しまくっていた幕末のこの国の日本人というのは、意味も重みも違うんじゃないの?
“日本人”と言わせれば、龍馬がグローバルな視野を持つ先進の男に見えると思ってるんじゃないの?
とにかく、「日本人」が、龍馬の決めゼリフになってて、出るたびにしらける。
今更だけど、もっとセリフの言葉を大切にして欲しいですたい…。

でも、「薩摩人でごわんで。」と日本人・龍馬くんを一蹴した西郷さん、それでよかでごわす。(笑)

そして、映画『ハゲタカ』ファンおなじみのタッキー(滝藤賢一さん)登場ですよ!
つい数日前には江戸城常磐橋門の前でイケメンを刺して金を奪っていた(違うってば)男が、今や大藩・薩摩の切れ者家老ですよ。
出世したのう…。
『篤姫』の小松帯刀がお好きだった方には、「えっっ」という感じかもしれない。
実は、私も小松帯刀のイメージが『篤姫』で出来上がってしまっているので、タッキーの小松様を観た時には、「小松帯刀というより、大村益次郎っぽい……」と一瞬、思ったけどさ。(笑)
今後、小松帯刀のイメージが、タッキーで上書きできるかどうか、楽しみ。
とかいいつつ、第3部を観るかどうかは第28話次第かな…。
とにかく、滝藤賢一さんは職人肌で雰囲気のある役者さんなので、彼を御存知ない方も、ぜひとも注目してくださいね♪(母な立ち位置)


それから、なかなか味のある(?)おフランス語を操っていた小栗忠順(上野介)を斉藤洋介さんが演じておられたのが、目をひいた。
小栗上野介といえば、徳川埋蔵金伝説…と俗な連想をしてしまう私。
だが、この人が、今風に言えば大量の不良債権を含め経済問題を山ほど抱えて腐りかけた瀕死の幕府を、組織の内側から救おうとして必死に奮闘し、薩長に好き放題にされていく社長…じゃなかった将軍・慶喜様に異を唱え.る姿は、なんだが『ハゲタカ』の芝野さんを思い出させる。
…ちょっと強引?
(そもそも、龍馬伝で、そこまで描く可能性は低い。)
あ。
でも、小栗の末路を思うと、芝野さんと重ねるのはダメだなぁ。
芝野さんを失ったら、鷲津はもう再生できないかもしれないし。
…って、まだ『ハゲタカ』祭の後遺症が。
失礼しました。


さーて、来週の『龍馬伝』は~~。
不吉なサブタイトル、「龍馬の大芝居」。
番組HPによれば、龍馬が土佐に戻って武市を救おうとするらしいけど、もう、龍馬くんは余計なことしないで欲しい。ぶーぶー。
予告映像を観ただけで、危険なムードが漂いまくっているでごわす。
ただでさえ、第25回から武市さんへのパーソナル面での毒饅頭絡みのまずいフォローで、武市半平太の格が落ちているのに、龍馬くんが暴れて、続く武市さんの終章を台無しにしてくれたら、取り返しがつかないじゃないのさ!
お龍さん、そいつに後ろ回し蹴り(「SP」じゃないぞ)を喰らわせて、寺田屋の布団部屋に閉じ込めておいて頂戴。(乱暴者)

唯一の楽しみは、myお気に入りキャラhappy02ビエール溝渕さん久々の登場ってことだけですよ。

2010-06-21

『龍馬伝』第25回「寺田屋の母』~美しすぎる“母”

前記事でも触れたのだが、今回は決してダメな回だったわけではないのiに、なーんか気分が乗らなかった。
やたらと主人公はじめ、多くの登場人物が叫んでばかりいて煩かったせいかなぁ?とも思ったが、ま、珍しいことではないし、別に原因があると思われる。
とはいえ、感情の高まりを叫んだり走ったりだけで表すってのも、なんか子供じみた感情表現だと思うのだが。
せっかくの野郎系大河ドラマなんだから、もっと渋くふつふつ滾る情熱や野望を表して欲しいと思う事がたびだひだ。

内容としては、龍馬が直接に関わらない蛤御門の変と、龍馬が関わった海軍操練所閉鎖という、二件の事変を描き、その合間に、龍馬が今後、懇ろにする船宿・寺田屋とお龍についての布石を打っておく、というものだった。
いずれも、きちんと真面目に描こうとしているのは分かった。
特に、蛤御門の変については、主人公が関係しない事件のわりには、限られた時間の中で、分かり易く説明もされたし、予想よりちゃんとしていてホッとした。
なのに、なんざましょう、この「うーーーん、どうでしょう?」という気分は…。
いや、私だけなのかもしれないのだが。
この、何かひっかかる感じについてぼんやり考えつつ、時間がないので、急ぎ足で大まかな感想を。
なぜ時間がないかといえば、それは今日22時から鷲津政彦と会うからだ。(本当にバカ。)


龍馬のマザコン炸裂

予告である程度は覚悟していたが、やはり薄ら寒いというか、アイタタタ…であった。
龍馬って三十男でしょ?
海軍操練所でも、勝先生に一目置かれてて、勉強はイマイチでも、何故か皆に暑苦しく説教たれたりするリーダー格なんでしょ?
そう思うと、いくら幼い頃に身を持って大切なことを教えてくれた美しく儚い印象が強い亡き母iにソックリだとしても、ですよ。
あれはどうだろうか。
「いやん、龍馬さんたら、カワイイー」って世間の人は思うんだろうか。
少なくとも、私は思わんかった。
ただし、初対面の男から「亡母にそっくりだ。母上って呼ぶので、龍馬♡って答えてつかあさい。」とかいう、普通ならドン引きのお願いを、さすがに船宿の女将らしく、困惑しつつも引きうけた気風の良いお登勢さんの「龍馬♡」を聞いた後の龍馬の言動は、珍しく(?)納得できて良かったと思う。
あそこで、「全然、違う。」とキッパリと自分を納得させてスッキリして去って行く、この自分勝手さ。
だけど、憎めないのよ~みたいなキャラこそ龍馬らしい気がする。
他人を説教したり、「まちがっちゅー!どーしたらええがじゃー」とワーワー叫んで走り回っているのは、らしくないと思うぜよ。

そんなじゃ、日本の夜明けは来ないぜよ?
それにしても、草刈さんのお登勢さん、美しすぎるので、龍馬が「母上♡」となって錯乱しているときも、なんか違う方向性(笑)が匂ってしまうんだなぁ。
爽やかな福山さんだから許容範囲だったけれど、もっと濃厚な役者さんだったら、ヤバイ雰囲気だったかも…考えすぎ?


龍馬と長州、熱さの違い

蛤御門の変の描写と説明については、、前述のとおり、『龍馬伝』という坂本龍馬を主人公とし龍馬の個人的な視点や感情を前面に持ってきている作品の中で、龍馬が立ち会わない事件としては、きちんと描いていたと思う。
コンバクトながら、迫力ある市街地戦の映像だったと思うし、角田さん演じる勇猛な来島又兵衛も、見た目も雰囲気も、役柄に良くハマッてたし。
とにかく長州の暑苦しさ熱さと、天子さま(=日本国)への愛の重さたるや、もう画面からあふれ出してきそうだった。
その熱く重い愛ゆえに、御所に攻撃しても天子さまを長州陣営に奪えば、自分達が官軍になるという理屈のもと、、出陣してしまっての悲劇なわけです。
さすがに、出兵に至る経緯とか、会津と薩摩の詳しい動きとかまでは描く時間もなかったけれど、龍馬の大きな功績である薩長同盟をこの先で描くためには、この事変はきちんと説明しておかないといけないことだから、少し安心。

長州の熱さについては、こういうふうに、荒っぽいながらも動機が説明されていたり、松陰先生の闘魂注入以来、こちらが刷り込まれているからなのか、熱すぎる…とは思うけれど、ウザいとは感じない。
別に私は長州贔屓でも何でもないのだが。
一方、龍馬くんはというと、前回の感想でも書いたが、この人、突然に熱血漢に変身していて、これが、どんどんウザくなってきてイライラしてしょうがない。
私のごく個人的な考えだが、熱さの表現方法が、大口開けて叫んで走り回っているだけなのがウザいのと、そもそも彼の熱さの動機が薄いというかハッキリ言うと不明だから、何でこんなに騒いでんの?という違和感のせいではなかろうか。
そのへんが、今回、私が醒めてしまった原因かと思う。
資本主義の…じゃなかった、長州尊王攘夷の焼け野原を都で目の当たりにした龍馬が例によって「なんちゅーことじゃー!」とか、ワアワア一人で騒いでいるシーンも、なんか醒めてしまった…。
だが、あそこで、ルパン3世並みの変装の達人・レイヤー小五郎またはコウジ・タチバナ(違)がホームレスに身をやつして悄然として座り込んでいるのを瞬時に発見する龍馬の眼力は特殊能力というべきか。
…恐るべし。
あ、でも桂さんてば、長州f藩旗の下に座り込んでちゃ危険なんじゃあないのか?(苦笑)

その他に印象に残ったこと

容堂公の壊れっぷりには、ついつい深読みしたくなるが、だんだん「アル中ってだけなのでは?」という気がしてきた。
美しい硝子の色違いの酒器で酒を飲む場面では、眼が節穴の私には江戸切子なのか薩摩切子なのか、それぞれなのか、判然とせず。
たぶん、徳川と島津を示している小道具だとは思うのだが。
慧眼の方なら、一瞬でお判りなのだろう。
無知で汗顔の至りである。
武市のことなど聞きたくも無いという言動も、どういう心境なのか。
番組HPでの近藤さんの説明どおりに、もう飽きて次を見据えている、と解釈してよいのか…どうなんだろうか。
容堂も近藤さんも、一筋縄では行かないからねえ。

お龍一家を伏見の寺田屋に預けるエピソードは、強引だけれど、お龍をなんとかして寺田屋に置かないといけないので、それなりに苦心してまとめた流れだとは思う。
前回、龍馬がお龍の家に匿ってもらって、病の母や弟妹に大人気になったという下地をとりあえず作ってあるし…。
家族のもとに帰れない自分の、擬似家族みたいに勝手に思って親切にしてるのだろう。
お龍が、そういう龍馬の気持ちに、ちょっと退いているところから、やがて、少しだけ彼に心を開いていく様子は、真木よう子さんの戸惑いがちな表情から伝わって、なかなか微笑ましかった。

さて、ついに出ました、武市半平太からの毒饅頭差し入れ。
大きくてふっくらしたお饅頭を見て、「おいしそー」と思ってしまった私は、毒饅頭を食べてコロッと逝くマヌケかしら。
この、毒饅頭エピソードの扱いについては、次回の感想で書こうと思っている。(できれば)
しかし、武市さんたら、弥太郎が罪に問われるとか、考えてあげなかったのかね。
弥太郎に同情する人はいないのか。かわいそう。

2010-06-16

『龍馬伝』第24回「愛の蛍」~はんなり度マイナス100の京女

今回のサブタイトル「愛の蛍」に、先週からビビッていた方も少なくないと思う。
私も、その一人だ。
『龍馬伝』のサブタイトルの、今回のような狙った寒さや、「海軍を作ろう!」みたいなキャッチーとかポップとは違う軽々しさは、ある意味、目玉になっている気もするので、鈴木Pの戦略成功かもよ。(笑)

今回は、大きな事件も進展もなかったが、蛍の儚い光に託された深い愛と祈りを情感たっぷりに描いた静かで美しいシーンが印象的な回だった。
血なまぐさい池田屋の後に、こういう回で、しっとり落ち着いて、今後の変転に備えるのも良いだろう。
まあ、いつものように、セリフで説明しすぎなところは気になってしまったし残念でもあったが。
特に、武市半平太の愛妻伝説の有名な逸話を、乙女さんが渡鬼ばりの長セリフで披露してくれた時は、唖然呆然ぜよ。
乙女さんは、すっかりNHK解説委員化(笑)してしまっているようだが、せっかく寺島しのぶさんを配しているのに、なんと言うもったいない使い方だろうか…と嘆息してしまう。
銀熊が怒るんじゃないか。(笑)
…予想はしていたが、第28回に向けて、武市半平太好感度upキャンペーン中!
先に落としておいて、切腹カウントダウンのタイミングで上げるって…計算ミエミエすぎ。
しかし、先に落としてしまったがゆえに、「武市さん嫌な人ね。キライです。」と拒絶反応を示す方も少なくないようだ。(特に若い女子)
今更、「以蔵に人斬りをさせたけど、奥さんには優しいんだよ。」みたいなことを言われたって、なんだか自分の身内対してだけ良い人みたいに見えるんじゃない?、なんて心配もしていたが、大森さんと奥貫さんの素晴らしい演技により、脚本のクサさも計算も全部ふっとんでしまって、武市夫妻が血の通った人物として深い陰影をもって浮かび上がり、この2人のことは全てが真実なのだとすら思えてくる。
やはり、この作品は脚本の甘えや薄さを、役者の演技と演出が補って余りある。
脚本家先生はラッキーぜよ。(笑)

しかし、しっとりした中で、しっとりもしっくりもしない主人公どす。
全48回放送予定の『龍馬伝』。
いよいよ半分まで来たわけだが、いつまで経っても主人公の腰が定まらない感じには、他人事ながら心配にもなるってもんです。
なーんか、肝が据わってないというか…。
…って、書き出したら、生意気な(いつもだけど)長文になるので、ここでは我慢(笑)。
主人公や武市半平太の描き方について思ったことなど、第二部終了後に気力が残っていれば、記事にしようと思う。


まずは、今回のカッコイイ2トップ。

冷徹な近藤局長 vs ドスの効いたお龍さんどす。

前回、幕末の大事件のひとつである池田屋事件を、長州中心の過激攘夷派の謀議シーンまでしか描かず、新選組が襲撃してからの凄絶な戦闘シーンはスルー、という画期的な演出方法には度肝を抜かれた。
だが、幕末ものの小説や映像作品に馴染みが無い視聴者は、置いてきぼりだったかもしれない。
実際、私の同僚のA嬢(帰国子女で近代日本史に興味極薄)は、先週月曜日のランチを一緒に食べているときに、「池田屋で、九州の言葉でしゃべっていた恰幅の良いオジサンが斬られてたけど、まさか、あれは西郷さんじゃないよね!?薩摩と長州ってケンカしてるから変でしょ?…」とマジメに心配して聞いてきたので、コーヒーを吹きそうになったくらいなのだ。
同席していた幕末マニアM嬢が冷静に、「あそこで西郷さんが亡くなったらパラレルワールドになっちゃうよ。あの人は熊本藩士で宮部鼎蔵といって…」とひとしきり教えてあげると納得し、「相変わらず、歴史的事実の解説が不親切なドラマねえ」と柳眉を逆立てていた。
「きっと次回、少しはフォローがあるわよ…」と根拠レスなことを言って宥めた私とM嬢であった。

果たして、前回の池田屋事件の戦闘シーンや亀弥太が逃げる場面がアバンタイトルでサラリと映され、弥太郎が新選組って何でせう?ということを一言で説明していた。
このサラッとドライな描き方がメチャメチャ素敵ぃ~。
『龍馬伝』の新選組はサブキャラで、各個人は無くて、組織でひとつのキャラとして血を通わせずに描くことができるから、強固にクールとスタイリッシュを徹底できるのだ。
それにしても、ニクイよ、このこの~。(笑)

アバンで流れていた襲撃シーンは、前回の謀議シーンとの続きで撮られていたようなので、前回の真鍋Dと今回の梶原Dが一緒に撮ったのか、事前にきっちり打ち合わせて編集したのか、あるいは脚本が良く練られていのか、私にはわからない。
が、このところ、流れが良い感じにまとまっているのは、ディレクター陣の総意をしっかりまとめたり、各回の演出をすり合わせるということを、しっかりやっているからなのだろうと推察される。
たいへんケッコウ。(どんな立場?)
っと話がズレた。

お龍さんが勤める宿屋「扇岩」に、御用改めに踏み込んで来た傍若無人な新選組・近藤局長とお龍のガンの飛ばしあい、迫力満点でゾクゾクした。
原田さんが喋って、地の大らかな好青年ぶりが滲んだらどうしようかと失礼な心配もしたが、さすがに、美人のお龍さんにデレデレもせず(笑)、眼に一ミリのスキも無い冷徹な新選組局長…カッコ良かった~。きゃーっ近藤さん、さすが調布のスターだよ!

近藤さんのブリザード視線を受けるお龍さんの豪胆さが、まーたハンパなく格好エエ。
「~どす。」と言ってても、はんなり度マイナス100くらいのドスの効きっぷりがナイス。
手に汗握る好勝負、引き分けどした。


急性熱血漢・龍馬くん

で、前回のラストからの流れで、隊列を組んでカッチョよく引き上げる新選組に「なめたら…なめたらいかんぜよ!」と殴りこみに行きそうな龍馬を止めたのは、頬かむりでプチコスプレした桂さんであった。
ここで私はうっかり、山科けいすけの『サカモト』を思い出してしまい、桂さんに止められた龍馬が「誰???」となったらどないしょーとアホな心配をしてしまった。
『龍馬伝』では、桂小五郎の自己申告どおり、池田屋にはいなかった説を採用した模様。
「実は現場に居た説」を採用して、屋根伝いに素早く逃げる桂さんの姿も見たかった気もするが。
次回以降、ホームレスから夜の蝶まで、“あらゆるものに身をやつした”コスプレイヤー小五郎が見られるのかしら。ワクワク。(なんの期待?)

とりあえず、お龍が奉公する「扇岩」に忍んでいった二人は、幕府のやり方に憤り、望月亀弥太の死を]無駄にはしない!と熱く確認するわけだが。
「長州は戦う!」と燃える男・桂さんは、まあ置いといて。
毎回、こんなこと言ってるのだけど)、龍馬と亀弥太が仲の良い幼馴染という前提が、私の中にはあまり出来ていなかったので、急に龍馬が「かめやたー」とワアワア騒いでも「ハア?」なのだ。
前回は、音尾さんの渾身の演技で、それなりの説得力はあったけれど、急性熱血漢・龍馬についていけない冷血な私であった。
さて、宿の主人夫婦の計らいで、龍馬はお龍さんの自宅に半日ほど匿われるのだが、ここでもスターのオーラを振りまいて、月琴を弾いて歌を披露し、皆に白米のおにぎりを分けて、お龍一家を悩殺(違)するのであった。
オープンマインドで屈託ない笑顔を見せるかと思えば、幼くして病で母を失ったことなどもナイーヴに語り、女子の心を掴むポイントを絶妙に突く天然タラシの龍馬に、微かに心を動かされ、それでも鉄壁のディフェンス力で龍馬フェロモンを防ぐお龍さん。
うーーん、コロッと参らないのが素敵です。
でも、微妙に揺れている感じが女っぽい真木お龍…私が惚れそう♡。


大殿様は何を恐れるのか?

極楽浄土図にスリよって、仏様に恐る恐る手を伸ばしたり、茶人を招いて一服の茶に感嘆の声をあげたり。
大殿様の御様子が、ちっくと妙です。
これが何を表しているのか、今のところ、私には分からない。
ただ、私には、容堂が怯えているように見えた。
容堂もまた、かつての半平太のように、もう引き返せない処に来てしまったことに慄き、今まで自分が流させた、そして、これから自分が流させようとしている夥しい血を思って立ち止まりそうになり、そんな自分と向き合うことに躊躇っているのではないか。
だから、仏に、一服の茶に、救いを求めているのではないか。
そんなことを考えてしまった…。
うーーん、深読みしすぎだのう。(笑)


今週の半様受難 ~

「それは、私に、死ねということだ。」  by 鷲津政彦

後藤ドS二郎の拷問は、ますます本格化。
新選組にも火盗改メにも負けないレベルを目指しているらしい。(嘘)
以蔵の苦痛に満ちた絶叫…
もう不憫というレベルじゃありませんよ。
目にするだけで、こちらも痛い。
拷問の様子を聞かされる武市先生の精神的ダメージは限界ぎりぎりに近づいている感じで…見てられないです…。
それでも耐える勤皇党の不屈の精神に業を煮やしたドS二郎は、すっかり放置していた弥太郎を脅して半平太のもとへ差し向ける。
ああ、なんて酷い男だ。
この、牢で格子を挟んでの半平太と弥太郎の対面シーン、両者が真に迫って凄みがあり、息を呑んだ。
上手い表現が見つからないのだけれど…真剣勝負、という感じ。
うん、そうだ。
竹刀でなくて真剣で一対一の勝負をしているみたいだった。
2人の表情を眼にして、声を耳にするだけで、鳥肌が立った。
富さんの健気さに心をうたれているる弥太郎は、彼らしく、自己中心的な振舞いの下に武夫妻に楽になって欲しいという真意を忍ばせる。
もちろん、半平太もそれを感じ取るけれど、屈するのは己が侍でなくなるということだと半平太は言うのだ。
それは、自分が自分ではなくなるということ
そんなことをして、富を悲しませることはできない、と。

捕縛覚悟で土佐に戻る決意を表明した時から、武市半平太の武士道一直線が続いている。
もっと早くから、こういう芯の在る人として描いてくれれば…(泣)
彼の言葉も、表情も、信念を貫くものの美しさに満ちている。
彼の美学は、裏を返せば独善的な面があるのだが、そもそも、誰であれ、己の美学を貫くことは独善的な行為だとも言えよう。
今時のおなごからみれば、自己満足みたいにも感じられる。
でも、富さんは、不器用で、己が譲れない線を曲げる事ができない夫を深く愛し、夫に最後の一瞬まで、彼らしく在り続けて欲しいと思っている。
それを夫・武市半平太に伝える使者が、和助に託した蛍なのだ。
…って自分で書いてて恥ずかしいなあ…でも、本当にそう感じたのだ。
『龍馬伝』版・電ボ三十郎…?(意味不明な方はこちら参照)

蛍のシーンは、美しく切なかったが、たった一つ、和助さんが渡した手拭を半平太が開いて蛍がふわりと飛んだとき、「和助さん、潰さないようにもってくるの大変だったろうな」と余計な心配をしてしまった。
蛍を目にした時の半平太の表情、特に眼の表情がとてもデリケートで、魅入られてしまった。大森南朋さん、さすがです。
半平太の表情を見れば、ふわふわとはかなく光る蛍が、確かに富さんの愛情と、無事でいてくださいという祈りを半平太に伝えたことが、言葉なんてなくてもわかったのだ。
夜の帳の下、土佐の岩崎家、京都のお龍の家でも、大切な家族への無言の祈りが満ちる。
そして…龍馬の無事を願う家族や、不思議な男・龍馬を警戒しつつ気になるお龍の思いをのせているかのように、蛍は伏見に向かう船上の龍馬のもとへ。
ここまで、情感溢れるシーンだったのに、龍馬が「亀弥太、おまえの命を無駄にはせんきに。」とかいう、それこそ無駄で無粋なセリフを言っちゃったので、台無し…。
しかも、この直後、蛍に誘われた龍馬くんに運命の出会いが!
そして、予告でなんだかマザコン龍馬がキモいことになってるし。
あーあ。

2010-06-12

「龍馬の大芝居」って、こーゆーこと?

大河ドラマ『龍馬伝』で坂本龍馬を演じる福山雅治さんの多才さについては、皆様御存知のとおりで、改めて述べることもない。
だが、余りある才能の一つに、“モノマネ”があることを、私は先日、初めて知ったのである。

ネットコミュニティに参加しておらず、巨大掲示板も滅多に覘かない私の貴重な情報源、それはリアルな友人・知人だ。
福山さんがモノマネ名人であることも、数日前に仕事関係の知人のオジサマから教えていただいて、初めて知ったのだ。

このオジサマ・Kさんの一人娘(20代)が福山さんのファンで、ゴリゴリした野郎大河ドラマを好むKさんと、久々に共通の話題ができたということで、Kさんもホクホクなのだとか。
先日、Kさんとランチを御一緒した際、そのあたりのお話をとっくり拝聴して、福山さんが『龍馬伝』の登場人物のモノマネをご自身のラジオ番組で披露されている、ということを教えていただいた。
そして、そのモノマネが、投稿サイトで聞けるという情報に、私が飛びついたのは、もちろんブログネタになるからだったのであるが…。
聞いてみたら、かなりのレベルの高さ。
玄人はだしとは、まさにこのこと。
またまたぁ~オオゲサだのぉ~、と疑っているそこのアナタsign01
是非、一度お試しださいませ…って何かの通販みたいになっちょりますが、聞いて損は無いと思いますわよ。

福山さんファンの方々は勿論、情報通の『龍馬伝』ファンの方々も、御承知のことだろうから、ちっく古いネタだとは思う。
しかし、自分が楽しんだり感心したりしたので、まだご存知ない方にもお知らせしたかった…という、婆さま特有のお節介精神で、記事にすることに。(苦笑)

モノマネの完成度が高くて面白いのはもちろんだが、私が前々から気になっていた些細なことの回答が得られたのも嬉しかった。
part 3 の中で、龍馬が「ふたりの京」でススキを持っていたl理由が、語られているのだ。
聞いて納得。{
「なるほど~、さすが~」って感じですよ。

てなわけで、まずは一献。(笑)

『龍馬伝』モノマネ part 1

まだまだ、あるぜよ。

『龍馬伝』モノマネ part 2

『龍馬伝』モノマネ part 3

『龍馬伝』モノマネ part 4


勝テツヤ、近藤容堂、香川弥太郎…どれも絶品。

Part 4には、武市富こと奥貫薫さんがゲスト出演。
夫・半平太さんが、京都の藩邸で大殿様に拝謁して、完全にテンパッている様子を福山さんがマネをすると、大笑いしていらっしゃいました。
富さん、龍馬に元気づけてもらえたようだ。(違)
あー、あの後、菓子を賜って過呼吸でぶったおれたんだったっけ…と思うと、ちっくと複雑。(泣)

あれっ…もしかして武市ファンや武市ウォッチャーを不安にさせている第27話「龍馬の大芝居」って、まさか龍馬が容堂の声色を使って半平太さんを助けようとするトンデモ話じゃないよね??(爆)

2010-06-07

『l龍馬伝』第23回「池田屋に走れ」~壬生村には走るな!

久々の真鍋さん担当。
演出面は、新撰組の描写を含めた池田屋事件関連全般で、新しさと潔さが感じられつつ、尖がり過ぎず上ずったりもせず、見やすかったと思う。(偉そう)
ただねぇ…前回もそうだっけれど、脚本のラクしすぎな粗さと強引さに(´ρ`)ポカーン…とする場面が多々あり、これを補うための演出のご苦労がしのばれた。
特に、龍馬のズレっぷりと、「おまえ、何様だー」と一発殴りたくなる(あら、失礼…私としたことが…)傲慢な言動が、もう、ナントカしてくれ状態。
ま、要するにヒーロー龍馬君を池田屋事件に絡ませるための回だったわけだが、肝心の龍馬が出るたびに、せっかくの演出の苦労が台無しな感じになり、イライラムカムカするっちゅうのは、私の胃酸が出すぎたせいだけでもあるまい。


annoy「後戻りしているのは、おまえじゃないのか。」(鷲津政彦風)

開放的な海辺での訓練生の活力あふれる姿に元気がでるのお…と婆が目を細めているところに、イジワルなイケメン(笑)陸奥クンが登場だ。
ここからは、恥ずかしいくらい熱血学園ドラマ化。
武市先生や勤皇党の仲間のことを思って、訓練に身が入らない亀弥太は、陸奥クンや長次郎さんに突っかかったりして、浜辺に走り去る。
で、龍馬クンが二人きりで熱く諭しちゃう。
ここで、なんだかもう武市先生はいなくなった人みたいな言い草だし、相変わらず自身の土台がグラグラなのに、価値観押し付まくりで、まー、腹が立つ。
「時代はどんどん進んでいて、もう攘夷でもないだろう。後戻りはいかんぜよ!」みたいなこと言っちゃってるんだけど、この人の言葉が、軽く感じるので、コイツに説教されたくないぜよ…な気分になってしまう。
グローバルな視野を持ってるとか、時代の風を感じる能力があるとかいうことにしたいのだろうが、いかんせん説得力が無い。
本人が自分で言っていることを本当に理解して信じているのか、言動に責任持てるのか、心もとない感じなのに、平気で説教たれているように見えてしまうので、そこに私は腹が立つんだと思う。
演じる俳優さんには責任はない。
けど、脚本に書かれていることが上滑りだから、熱演するほど、ムッとさせられるのだ。
龍馬に言わせていることの底に、負けた人たちは間違っていたという決め付けが、またしても透けて見えるのがどうもなあ。

亀ちゃんだって、時勢のことは分ってるよ。
でも、精神的支柱である武市先生が率いる勤皇党の旗印だった攘夷を、あっさりと過去のものとして葬れる器用な人間だけじゃないでしょう。
そして、この人間の機微がわからない龍馬の言動が傲慢にしか見えないのは、私の龍馬への愛がゼロだから?
その後、京都に行って過激攘夷派の集会(っていうのか?)に参加するらしいという亀弥太について、皆が「自己責任でしょー放っとけ。」的な反応なのに対して、「それは違うゼヨー!」と一説ぶつ場面はもう、唖然。
確かに、友情も仲間も大切ですよ。
だけど、欧米列強が日本を買い叩きにきている今、その薄っぺらな正義感を振りかざしている場合じゃなかろう。
せっかく第二部に登場したときに凄みのある男になっちょって、もう青臭い少年じゃなくなったはずだけど…。
後戻りしてるのは、おまえじゃないのか。
龍馬さん、折り返し地点でこんな感じで、本当に大丈夫なの?
富さんに頼んで、『外事警察』の住本警部補に喝を入れてもらうがよろしい。(笑)



クール新撰組、やっぱりイイ!

前回の予告映像で、池田屋での壮絶な戦闘場面が無かったし、恐らく事件後に龍馬が“走れ!”で現場に行く、という話なんだろうなあ…無理やりに龍馬を池田屋事件に遭遇ざせるんだな…と予想はしていた。
でも、予想以上に、池田屋事件の最中はバッサリと無しにして、直前までで場面を切り、凄惨な事後を見せるというやり方。
これは、なかなか良かったと想う。
中途半端に、屋内での大人数の大立ち回りを見せたら、かえって台無しだもの。
池田屋事件は、新撰組目線の作品であれば、絶対に外せない事前のエピソードがてんこ盛りだし、池田屋に踏み込んだ後も、お約束の見せ場が沢山あり、更に近藤隊あわや全滅か!土方さん早く来て~!とかのスリリングな経過があって、とても具沢山だ。
だけど、そこは全部飛ばして、ずっと新撰組の気配が皆無で、祇園祭で賑わう京の市中を、隊列を組んで壬生村の屯所に引き上げていくところで、初めて新撰組が登場する。
このストイックさが、本当にニクい。
いろいろと映像化したいエピが満載の池田屋事件の描写を、ここまで我慢して抑えた真鍋さん、エライ。
そのストイックさが、『龍馬伝』における新撰組の役割は、あくまでもプロの冷徹な戦闘集団なのだという点を見事に表していて、近来稀に見るスタイリッシュでクールで、ゾクゾクするほどカッコイイ新撰組像を作り出しているのだ。

事件の描写も、謀議最中にただ事でない何かが起きたらしい音がしたところで切ってしまい、新撰組が引き上げた後の現場の凄惨さを、哀感あふれるBGMと映像のみでゆっくり見せるところも、声高にならなくて、かえってゾッとした。
祇園祭で華やぐ都に、返り血を浴びた新撰組が無言で去っていく姿が、またまたカッコイイ。(カッコイイしか書けなくてすみません。)
新撰組の映画やドラマでは、池田屋襲撃時に喀血する描写が必須の沖田も、血を吐いた形跡なく歌いながら元気そうに歩いていた。
この沖田は、前回に以蔵を追い詰めたときもニヤリとしていたし、かなり怖い印象を与える美剣士だ。
『新撰組!』の沖田と同じニュアンスがあるような。
藤原竜也さんか演じた『新撰組!』の沖田総司は、早熟の天才ゆえの無邪気と無神経さと孤独さが、『アマデウス』のモーツァルトに通じる絶妙な人物造形だった。
それを思い出したのは私だけかな。(笑)
沖田の健康事情も含め、新撰組については、すべての固有名詞的なことは削ぎ落としているのが潔い。
それでいて、土方の衣裳は綺麗で、戦闘がほぼ収束してから駆けつけたというところをちゃんと踏まえているのが、さすがですよ。
今までの新撰組の描写と一線を画す『龍馬伝』の新撰組、やはり秀逸。
ただねー、ラストで龍馬が新撰組に殴りこみに行く(?)みたいな流れに、「えっっ壬生にも走るのか?それはマジでやめて…」とゲンナリしたけど。

と、ここでひとつ前回の記事に訂正。
「近藤、土方、沖田が3人揃って市中に出ていたのは有り得ない」と書いたことについて。
その後、幕末史や新撰組に詳しい同僚M嬢と学生時代からの友人、それぞれに、そのことを言ったら、「あの時点では新撰組はまだ創成期だったので、可能性は低いけど有り得る。」と指摘された。
なるほどー。
失礼致しました。



feat.亀弥太…


さて、今度は亀弥太を中心に見てみると。
亀弥太さん、今回突然にフィーチュアされた感じであったが、良き仕事ぶりでしたぞ。
龍馬の説教はナニだったけれど、受けて立つ亀さんの表情は、とっても素晴らしかった。
いちおう初回から登場していたらしいのだが(すみません、私はよく覚えてません)、あまりにも、その他大勢期間が長く、せっかく「武市先生が自分に夢を与えてくれた」みたいなことを言っているときも、勤皇党員の想いがジンジン伝わるいいエピソードなのに、ちょっと急な感じもしてしまって、残念。
収二郎の切腹の時もそうだったのだが、今まで、亀弥太たちにとって武市と勤皇党が精神的支柱であったことが、僅かずつでも、きちんと伝わるように描かれていたら、もっと効いたと想うのだけれど。
このへんは、やはり脚本の細部補強の甘さのせいかと。
でも、亀弥太役の音尾さん、実に良かったですよ。
しかし、「後戻りはいかんかった。」とかいう言葉を最後に亀ちゃんに言わせたら浮かばれないでしょう。
また、龍馬だけが真・善・美のルール適用ってことだな。
いつだって、龍馬が正しいんだから。
負けた人は間違った人、という「勝てば官軍理論」が支配する『龍馬伝』の脚本の、こういうところが、私はどうしても納得がいかんぜよ。
そりゃ、日本人のDNAのせいで判官贔屓なところもあるけどさー。
池田屋事件では、体制側だった新撰組だって、いずれは朝敵とされてしまい、近藤は切腹も許されなかったわけですよ。
こういうふうに、情勢がどんどん変わっていって、どちらが正しいとか、何が正義だなんて、時と共に移ろうものなのだ。
現代の価値観、現代の史観だけで物語を平板に紡いでいって、過去に精一杯生きていた人たちに、体制側に残れなかったというだけで、違うぜよー眼を覚ませー!と龍馬が叫び続ける空しさは、いかんともしがたい。


今週の半様受難とドS二郎の作戦


ついに半様になっちまいました。(笑)
随分とやつれた半平太さんのもとに、頼もしい助っ人が。
先日の記事で役を伏せて御紹介したが、東洋テレビの野中Pこと小市慢太郎さんが、武市に協力する牢番・和助として登場。
さすがに、野中Pと違って朴訥で誠実な男にしか見えん。(笑)
和助さんのお陰で、愛妻・富さんに「心配するな、風邪ひくなよ♡半」なんてお手紙が届く。
手紙を読む富さんの表情がいつもながらにすばらしく美しい。
大丈夫、と書いてあるけれど大丈夫でないことを、富さんは瞬時に感じるわけですよ。切ない…。

さて、これから武市の獄中ミッション・インポッシブルwith野中さん、スタートですか。
後藤ドS二郎さんの計略(?)で、以蔵と再会した半平太さんは、拷問される弟子の絶叫を聞きすぎて音の調節が出来にくくなっているのか(違うだろうな)、ちっくと大き目の囁き声で以蔵に口止めをする
で、それを怪しく眼を光らせたドS二郎が聞き耳を立てていて…。
どうやら、精神力が一番弱そうな以蔵を責めるべし、と踏んだのか?
どんどん悪くなるドS二郎の作戦は?

さて、次回サブタイトルは「愛の蛍」。
鈴木Pがサブタイトルつけとるな。(笑)

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